【2】

      動物的な感が働いて、士度は生死を分けるギリギリの高度で「飛べ!」と叫んでパイロットを突き飛ばし、
      自分も依頼主を抱えたまま空へ身を投げた。
      士度の足がヘリから離れた瞬間、耳を割くような爆発音と共にオレンジ色の炎が青い空に舞い上がった。
      背後から鈍い衝撃を受けたのを感じ、爆風に宙をクルリと一回転させられた後、背中から海中に叩きつけられる。
      士度はそのまま、爆発で散った破片から依頼主を守るように海中へ沈んだ。
      水中のやや離れたところで、ヘリがもう一度爆発する。
      その衝撃波を避けるようにして距離をとりながら士度は海面をめざした。

      依頼主は気絶しているようだ。彼女の顔を水面に注意深く出したあと、士度は獣笛を吹こうと大きく息を吸い込む。
      と、同時に鋭い痛みが胸を貫いた。


       「!?」


      士度は咳き込み、口にあてた手は赤く染まる。


       (・・・肋骨何本かイってるな。肺まで傷つけたのかよ・・・。)


      目の前ではパイロットが海面に顔を上げて荒く呼吸をしている。見るとこちらは両足と片手が折れているようだ。

       (こいつらを抱えてこの状態で三キロ泳ぐのか・・・)

      半ば絶望的になりかけた時、周囲の波が大きく揺れる。


       <オイ、イキテルカ?>


      六頭のイルカの群れが彼を取り巻くように泳いできた。


       <なんとかな・・・悪りぃな、騒がせちまって>

      甘えてくるイルカに挨拶をしながら、士度は謝罪する。

       <サイナンダッタナ。チカクノリクマデ、ハコンデヤルヨ>

      そういいながら、すでに二頭はイルカの突然の出現に目を白黒させているパイロットの方へ泳いで行った。

       <頼む・・・恩に着るぜ。>

       <オヤスイゴヨウダ。>

      依頼主をイルカの背に乗せると、自分も彼らの好意に甘えることにした。


      イルカたちに運んでもらった小島は案の上無人島だった。
      士度は痛む胸をかかえながら、重傷のパイロットと手首が折れただけで済んだ依頼主に添え木をしてやり、
      バイロットには士度が常時携帯している痛み止めを飲ませてやった。
      意識はなんとかしっかりしているパイロットが言うことには、墜落地点は東京から約400キロの海上らしい。
      士度は少し考え、太陽の位置を確認した。
      そして彼の胸ポケットから海水に濡れながらもかろうじて使える紙とペンを借りて数行書き留めた後、
      空に向かって獣笛を吹いた。刺すような痛みが、胸を犯す。
      ややあって、さきほどのカモメが砂浜に舞い降りた。
      士度が二言三言指示を与えメモをカモメの足にくくりつけると、カモメは再び飛び立った。

      このカモメが近くの漁船の漁師にメモを渡してくれれば、陸の連中にも連絡がいき、
      遅くとも明日の昼には迎えが来る・・・そう願いたい。


      士度は見上げていた空から目を逸らし、薪代わりに流木を拾い集めた。
      目線の先には緑の木々も見えたが、
      未だ人間の手を知らないこの森に、たった一晩の滞在のために手をつけることはしたくなかった。
      海に出ると聞いていたので、念のために防水の皮紙に包んでおいたマッチが功を奏した。
      何本か失敗しながら火をつけ、暖がとれるまで育つとまだ目覚めぬ依頼主と呻くパイロットを火の側まで寄せてやる。
      そして自分も火を囲むようにゴロリと横になった。
      夜が近い・・・今夜は帰ると言ってあったからマドカはまた心配するんだろうな、とボンヤリ思いながら
      士度は鈍痛が止まない胸に手をあてた。
      呼吸に直接作用するから、さっき飲んだ痛み止めも効きやしない・・・。

      隣で依頼主が目を覚ます気配がした。
      彼女は身を起こすと手首の痛みに眉をひそめた。
      そしてあたりを見回してキョトンとしている。
      その目線が士度をとらえると、問い掛けるように見つめてきた。


      「・・・手は打っておいたから大丈夫だ。きっと明日には迎えがくる。」


      士度は顔を空への方へ戻しながら依頼主が訊きたかったであろう答えを返した。


      「あの・・・助けてくださって、ありがとうございます・・・」


      遠慮がちだが、はっきりとした声が士度の耳に届いた。


      「・・・いや。仕事だ。」


      空を見上げたまま士度は呟いた。
      依頼主は自分と齢があまり変わらないこの青年の横顔からしばらく目を離すことができなかった。