【5】
「お、お客様!困ります!」
「いいって、いいって!気を使わなくても。ちょっくら弱った猿マワシを見に来ただけだからよ!」
噛み合わない答えを返しながら蛮は軽く手を振ってメイドを追い払おうとする。
「やっぱりいつ来ても大きいな〜マドカちゃんち!いい匂いもするし〜v」
銀次は見舞いのメロンを振り回しながらご機嫌だ。
「私は仕事の報告で来たんだからいいわよねv」
ヘヴンはさも当たり前のように主張する。
「いや〜寝込んでいる士度はん見るの楽しみやわ〜v」
マクベスからいち早く情報を仕入れた笑師も果物籠を持って野次馬よろしく馳せ参じた。
「・・・ったくなんで私まで…。やっぱり迷惑そうだから帰りましょうよ!」
たまたま道端で蛮たちに会い、引っ張ってこられた卑弥呼は呆れ顔だ。
まぁまぁいいじゃねぇか、と卑弥呼を押しつつ、階段の前で急な来客を通すまいと必死なメイドたちを
巧みに掻き分けつつ、かしまし組は2階にある士度の部屋へ賑やかに向かっていく。
その騒ぎは離れのティー・ルームで恩師と電話をしていたマドカにも、もちろん届いていた。
マドカの隣で秘書のように打ち合わせ内容をメモしていた執事の木佐も、額に青筋を浮かべながら
その騒音に端整な顔を歪めていた。
(士度さんのお身体に障らなければいいのだけれど…)
マドカは受話器の外側で小さくため息をついた。
「オイ!骨折猿!見舞いに来てやっ−−−−−!!」
勢いよく士度の部屋の扉を開け飛び込んだ蛮をはじめとする5人は目の前の光景に固まった。
−−士度は半身を起こしてベッドヘッドに背をあずけていた。
その士度の左手に指をからませ、空いた片手を寝着の襟元から中に差し入れ直接彼の胸に手を添える−−
そして僅かに顔を上げている士度に上から覆いかぶさるように深く口付けている女性は−−薫流だ。
やがて閉ざされていた二人の眼がどちらともなく開き、チュッと甘い音を立てて唇が離れた。
一瞬、細い唾液が糸を引き、すぐにプツリと途切れた。
「・・・どうだ?士度。」
薫流は左手を士度の胸元から出すと、確認するように彼の頬をゆっくりと撫でた。
「…あぁ、だいぶ楽になった…。スマンな。」
その手を左手でそっと包みながら士度は答える。
その答えに薫流は優しい眼差しを向けた。
そしてチラリ、と乱入者たちの方へ眼を流す。
そこで士度も初めて気がついたように、石化した予期せぬ訪問者たちに声をかけた。
「・・・何やってんだ、お前ら?」
(それはこっちのセリフだ!!)
と一同の心の声は見えないところで見事に一致した。
「あんたこそ何やってるのよ!ビーストマスター!!」
卑弥呼が顔を真っ赤にしながら皆の疑問を口にした。
彼には命懸けで守りきった恋人がいるはずだ。
そんな彼女を差し置いて、昔の仲間とこんなこと!
こんなに節操がない男だったとは!!
一見卑弥呼の道徳心から大きくはずれた光景を突きつけられて、彼女は怒りで震えていた。
士度を良く知る他の者たちもショックでまだ二の句が告げない。
笑師の鼻からは赤いものが流れている。
「何って・・・」
「「治療。」」
何をそんなに興奮しているのかと訝しがるような顔をしながら士度と薫流は声を重ねた。
「治…療?」
ヘヴンが意味が分からないというように訊き返した。
「そうだ。内側の傷を治すには私の気を外へ出さず、直接流し込むのが一番効くからな。」
そんなこともわからないのか、とでも言うように薫流はとりあえず説明した。
「〜〜!!ハハハハハ〜!!ち、治療やったんかいなぁ〜!
ワイはてっきり士度はんの浮気現場に遭遇してもーたかと思いましたわ!!」
鼻血をふきつつまくし立てる笑師に、何言ってんだオマエは、と士度は呆れ顔で返す。
「そ、そーよね、そーだったわよね。薫流ちゃんの治癒能力を使えば、士度クンの怪我も早く治るわよね!」
良かった、仕事をまわした私も責任感じていたのよ、と誤解を取り繕うかのようにヘヴンは明るく言った。
「し、士度いいなぁ〜!治療でこんな可愛い子とディープ・ちゅーできるなんて!」
銀次はオレの時もしてもらいたかったなーと言いつつ、
とっさに嫉妬の電撃を飛ばさなくて良かったと冷や汗を掻きながら内心思った。
卑弥呼は赤面して俯いたままだ。
「…それにしても随分と扇情的な治療だったじゃねーか。
実はデキてんじゃねーの、お前ら?猿マワシも案外よゆーだな。」
タバコを銜え、ライターを取り出しながら直接的な揶揄をする蛮に、4人はいらんことゆーな!と慌てた。
案の定激昂した士度が「美堂テメェ!」と掴みかかろうと身を起こしかけたところを、
薫流が「また傷に障る」と片手で制し、かわりに蛮と向き合う。
「我々の絆は貴様になんぞわからんよ、美堂蛮。それに今此処でタバコなど吸うな。
士度の肺に良くない。」
無神経な奴め、と薫流は冷ややかな視線を蛮に向ける。
「−−!!何だと!このウサギ娘〜!!」
さらなる罵詈雑言を吐き出そうとしたとき、
「あの〜」
ふいに後ろからマドカの声がした。
かしまし組はギョッとして、声のする方を振り向いた。
困ったような顔をしたマドカと、その後ろではティーワゴンを運んできたメイドが頬を染めてうつむいている。
(・・・いつからいたんだ、この子らは…)
(ってゆーか、どこらへんの会話から聞いていたんだ…。)
「お一人増えているようでしたら、ティーカップをもう一つ・・・」
と、マドカがメイドに指示を出したとき、
「いや、それにはおよばない。」
と薫流が口を挟んだ。
「騒がしいトコロは苦手だ。今日のところは退散するよ。」
薫流は言いながら、自らの額を士度の額にコツン、とあてる。
場が再び凍りついた。
「・・・熱は下がったようだな。怪我も今日気を送ったから、一ヶ月程度で治るだろう。」
「・・・すまねぇな。」
間近で見詰め合う二人の姿はまるで恋人同士だ。
「…薫流さん、またいらして下さいね。」
今度はゆっくりお茶しましょう、とそんな二人の雰囲気に割ってはいるようにマドカの声が静かに響いた。
「あぁ、そうさせてもらう。」
薫流もニッコリと笑みを返す。
この二人の可憐な少女たちの交錯する視線の間に、士度以外の者たちは激しい火花を見たような気がした。
薫流が士度に、「またな。」と声をかけ、「悪かったな。助かったぜ。」と士度が答えると、
何でもないさ、という顔をして薫流は二階の窓から華麗に身を翻した。