【6】

      薫流が去ると、ティー・テーブルが二つ運び込まれ、ケーキと紅茶がそれぞれに並べられた。
      ティータイムが始まった。
      数分、カチャカチャとフォークとティーカップの音だけが部屋を満たす。


      「…あんたとあの薫流って子…いったいどーゆー関係なの?」


      おもむろに沈黙を破ったのは卑弥呼だった。
      返答次第では許さない、とでも言うように、ビーストマスターを睨みつける。
      マドカの手にあるフォークの動きが止まったのをヘヴンと蛮は見逃さなかった。


      「?どうって…薫流は同じ魔里人で春木の長の娘でよ…」


      「…いや、そのくらいは知ってるわよ。そーじゃなくて・・・」


      「…家族みてーなもんだよ。ガキの頃からよくつるんで遊んでいた。妹みたいな存在だな。」


      「…あんたはそー思っているわけだ…。」


      卑弥呼はティラミスを口に放り込みながら釈然としない気持ちで士度を見た。
      士度は余計な勘繰りをするな、とチラリと卑弥呼を見る。

      これ以上話が無粋な方向へ進まないようにするため、ヘヴンが話題を変える。


      「あ、そーいえば今回の報酬を預かってきたのよ!」


      え、マジで!と何故か銀次の声が明るくなった。
      僅かに膨らんだ封筒を二通取り出しながらヘヴンは続ける。
      本来、大勢の前でするような話ではないがこの際仕方がない。
      士度の活躍のほうへ話を持っていって、マドカの気を少しでもそちらへ逸らせればいい。


      「報酬?何言ってるんだ仲介屋。手付金は貰ってるし、今回はヘリに乗って落ちただけで
      依頼の品すら確認してねー」


      何もしてねーのにもらえるわけねーだろ、と士度はそっぽを向く。


     「…これはヘリ会社と依頼主のご両親から。パイロットと大事な娘の命を助けてくださって
      ありがとうございました、って。何もしてないとは言わせないわよ!」


     「そうでっせ、今回の人助けも立派な仕事のうちやで、士度はん!」


      笑師が努めて明るく、日の丸扇子を振りながら間に入る。
      人として当然のことだろーよ、と言いながら渡された封筒の中身を一応確認する。


      「!?…多すぎるんじゃねーか?せめて半分返してきてくれ。」

      「嫌よ。面倒くさい。先方も絶対受け取らないだろうし。」

      「いらねー金なら俺らが貰って・・・」

      「だからあんたはその意地汚さをどーにかしなさい!」

      卑弥呼と蛮のどつき合いが始まる。
      人間金やないで〜、蛮ちゃんはそんな人じゃないやい!と笑師と銀次も加わり、また場が賑やかになった。

       再び手元に返されてしまった封筒を士度はそのままマドカに渡した。


      「俺の治療費に使ってくれ。」


      「!?そんな…多過ぎます!」


       手渡された封筒の感触を確かめながらマドカはとまどった。
       治療費など、この十分の一もあれば事足りる。


       「じゃあ残りは家賃とうちの連中のエサ代に・・・」


       「いりません。」


       間髪入れず、マドカの鋭い声が部屋を切り裂いた。

      その声に、ぎゃいぎゃい騒いでいた4人のどつき合いもピタリと止まり、
      士度は冷や汗をかきながら唖然とした表情でマドカを見つめるしかなかった。

       カチャリ、とマドカはティーカップとソーサーを持ち上げて、紅茶に口をつける。
       士度も喉を潤すことで逃げに入った。

       再び氷点下に下がった室温を上げるべく、銀次が口火を切る。


       「あ、あの、今回の依頼さ、士度が怪我したから先送りになっちゃうよね!」

       「あ、あぁ、そうだな。依頼主にも悪りぃからお前らにまわせるなら…」


       助かった、とばかりに士度はすぐに銀次の話にのった。


      「ア゛ァ?なんでサルのお下がり貰わなきゃなんねーんだよ!」


      蛮は言葉とは裏腹に嬉々として答えている。


      「まぁまぁ蛮ちゃん、最近仕事も少ないし、それに海だよーこれからの季節だよ〜vv」


      と銀次の眼は輝いている。


      「猿マワシがどーしてもって言うなら考えてやるぜ♪」


      「海かぁ、ワイまたイルカに乗ってみたいからついていこーかいなv」


       そりゃ結局猿マワシがいなきゃ無理じゃねーか!と蛮のハリセンが笑師にクリティカルヒットする。


      「だ、だったらビーストマスターもゆっくり長期治療できて、あなたも安心よね!」


       卑弥呼がわざとらしくマドカに話を振る。


      「そうですね。」


      マドカは安心したようにホッとため息をついた。
      その様子に士度も別の意味で安堵の息をつく。
 
      場が再び和みかけたその時、


      「・・・盛り上がっているところ悪いけれど、ソレは無理なのよ。」


      ヘヴンはすまなそうな顔をしてため息混じりに口を挟んだ。
      「なんでや?」士度の代わりに笑師が訊ねる。


      「依頼内容はここでは言えないけれど、今回のターゲットは海の中。
       調査のためにイルカとか魚とかの力が必要なの。別の奪還屋だとそれ相応の機械を使わないといけないし、
       依頼主も海を汚すのは嫌だって。それに何より依頼主から次回もぜひ士度クンをってご指名で…」


      「あーあー、よくあるよなぁ、ババアが依頼主だと仕事が繋がるって。
      おかげでこっちの常連さんも年増ばかりでよ!」


      入りかけた仕事が流れていく気配に、蛮は日頃の不満を爆発させる。


      「ちょっと!ババアなんて先方に失礼よ!今回の依頼主は二十歳そこそこの美人・・・」


      −−しまった!とヘヴンは口をつぐんだ。
      バカね…と卑弥呼が呆れた視線をヘヴンに送る。
      二人してチラリとマドカを盗み見るが、ただケーキを口に運んでいるだけで、
      その表情からは何も読み取れない。


      「ちょっとヘヴンさん!僕らにもビジンな仕事くださいよ〜(泣)」

      士度ばっかりずるい!と駄々をこねる銀次に
      銀次はん、美人なのは仕事とちゃいまっせvと笑師の軽快なツッコミが入る。


      「・・・もー好きにしてくれ。ただどっちにしろ次に仕事を入れるのは一ヶ月先な。」


      そう言うと士度は視線を窓から見える夕焼けに移した。
      マドカは心配そうに彼の動きを追う。


      「・・・さて。ケーキも喰ったし、そろそろおいとましましょうかね。」

      おもむろに蛮がそう言って席を立った。


      「えー!もー行くのー?もっと話してたいよー。」

      この間エサあげたネコの話とかまだ・・・という銀次の襟首を掴み上げながら

      「行くんだよ、ヴォケ!嬢ちゃん、邪魔したな。」

      と蛮はウィンクをしながらマドカに言い、タレ銀を引きずって扉へ向かう。


      「・・・それならワイらも行くとしますか。」−士度はんお大事にぃーと蛮の意図を読み取った
      笑師が卑弥呼とヘヴンに声を掛ける。

      マドカは席を立つ面々に向かって、

      「皆さん、たいしたおかまいもしませんで申し訳ありませんでした…」

      と心底すまなさそうに言った。


      「気にしないで〜。楽しかったわv」ヘヴンの陽気な声が踊り、

      「とっとと怪我治しなさいよ、ビーストマスター。」

      この子のためにも、と卑弥呼は士度に視線を送ることで釘を刺した。

      士度は卑弥呼の言葉に頷きながら、笑師と銀次に「また近いうちにな。」と声をかける。
      二人は笑顔をもって士度に答えた。


      「オメーもいい加減目を覚ませよ。」


       「・・・何言ってんだ、テメェは。」


       鈍いやつ…とまた士度を煽る言葉を吐く蛮に、ハイハイソコマデーと声をかけて、


      「んじゃ士度クン、仕事の話はまた今度!」と蛮を引っ張りながらヘヴンは部屋を後にした。

      「じゃあね。」「士度バイバ−イ☆」「ほなまた!」お大事に〜!と面々はヘヴンに続いた。

      賑やかな声が廊下を渡る。
      それがだんだんと遠くなり、そして部屋は急に静かになった。
      お客たちと入れ違うように入ってきたメイドが食器を片付ける音が控えめに響く。

      フッと士度は小さなため息を漏らす。


      「・・・少し、疲れましたか?」


      とマドカは士度を覗き込んだ。


      「いや、まぁ、気分転換にはなったよな。」


      苦笑しながら士度は言い、ベッドヘッドに背を預け直した。
      マドカからクスリと笑みが零れた。


      「リンゴでも剥きますね。士度さん、ケーキ召し上がってないし…」


      失礼致します−とメイドが一声発し、パタン…と扉が閉まった。


      「なぁ・・・お前、何怒ってんだ?」


      「・・・え?」


      見舞いの品からリンゴを取り出したマドカの手が止まった。