【4】


「拒絶・・・・?私が・・・・士度さんを?」

どうして・・・?―― 信じられない、というような表情をしながらマドカが士度に問いかけようと口を開いた刹那、士度が噛み付くようなキスを仕掛けてきた。

「・・・・ン・・・・う・・・・・ん・・・・!?」

マドカが驚いた風に身体を跳ね上げ、士度のシャツを掴んだ。
いつもの、優しく、労わるようなキスとはまるでちがう、熱く激しく、呑み込まれそうなキス――。
マドカは士度に求められるがままに舌を絡めるのが精一杯だった―― 自然と息が上がり、ヒュッ・・・と彼女の細い喉が揺れた。
やがて名残惜しそうに士度の唇がマドカから離れる―― マドカは空気を求めるように、小さく深呼吸をした――士度が再び彼女の首筋に顔を埋めた。

「!!・・・ッ・・・ン・・・何・・・士度、さん・・・・アッ・・・・!」

首筋にチリッとした痛みをマドカは感じた。赤い華がマドカの白肌に咲いた。そして薄手のワンピースの胸元に、士度の熱い掌を感じた。
その感触にゾクリ・・・とマドカの背が震える。酔いが一気に醒めたような気がした。
思考が突然クリアになる―― 彼に、求められている・・・・・・
今更ながらにマドカは気づく―― そして脳裏に浮かんだのは、先刻士度にその指先を含まれた瞬間―― あの時の鼓動が蘇った。
自分の体温が上昇するのをマドカは感じる―― と同時に身体のラインをゆっくりと掌で撫でられて、彼女はくすぐったさに身を捩った。

「マドカ・・・・」

士度の乾いた声が聞こえた。彼はマドカの細い腰を掬い上げるようにした状態で手を止めていた。
マドカは見えない瞳で彼を“見つめる”―― お願い、そんなに苦しそうな顔をしないで・・・・

「・・・・“嫌だ”って言えよ・・・そしたらもう二度とこんなことは、しない・・・・」

マドカの眼が驚心から見開かれる―― そこへ、触れるだけのキスが降りてきた。

「・・・・俺、お前のこと・・・・汚したくねぇんだよ・・・・けど・・・・俺も所詮、男、だからな。時々どうしようもなく、お前に触れたくなっちまう・・・・」

欲しくなるんだ、お前のことが―― 士度は腰に添えていた手を離し、マドカの長い黒髪を一房掬い上げ、目を瞑ってそれに口付けた。
空いている手にマドカが指を絡めてきた。

「士度、さん・・・・私・・・・」

「言えよ、マドカ・・・・俺の理性があるうちに・・・・・・」

マドカは首を懸命に横に振った。その瞳は潤んでいる。
今、理解できた―― 時折感じた、彼の、痛いまでの優しさの意味を。
そして、何故、自分がそれに―― 切ないまでの痛みを感じていたのかを。

彼は―― 私の事をこんなにも想って・・・・大切に・・・守って・・・・・そう、いつも。
そして時折流れてきた彼の狂おしいほどの感情―― その心に呼応するかのように叫んでいた私の内なる叫びの意味も、今、解かったわ・・・・。


「・・・・マドカ。」

いつの間にか頬を伝っていた涙を、士度の長い指で拭われた。

「・・・・怖かったんだろ?すまなかったな・・・・」

士度はマドカの濡れた頬をゆっくりと撫でながら、彼女から離れようとその身を起こした。

「――!! 待って!!ち、違うんです!士度、さん・・・・」

彼の優しい言葉に再び心が軋むのを感じて、マドカは繋いでいた手に力を込め、彼の体温が離れていくことを拒んだ。
士度は穏やかな声で言う―― 無理するな、マドカ・・・・――

―― あぁ、あなたのその優しさが・・・私の心を溶かしていく ――

マドカは士度の膝に乗り上げるように、ソファの上で彼を抱きしめた。顔の直ぐ横で、彼が眼を瞬かせる気配がした。
そしてマドカは彼の耳元で告白する―― 精一杯の愛しさを、その音色に込めて。

「・・・無理なんか、していません。私だって・・・・士度さんのこと、欲しいって想っていました・・・きっと、ずっと前から。
 でも、どうしたらよいのかわからなくて・・・・・。私、士度さんには私の全てを知ってもらいたい・・・・私が知らない私のことも、全部・・・だから・・・」

マドカは言葉を区切った。ここから先、何と言ったらいいのか分からず、ただ頬を赤らめて俯くしかなかった。

「・・・・だから?」

士度が覗き込むようにしてその顔を近づけてきた。

「だから・・・・私・・・・でも・・・・どうしたら・・・・・」

彼の気持ちにどうやって応えたらよいのかもまるで分からず、マドカは助けを求めるように士度の手を握った。

「・・・・俺は、お前の全てを感じたい。」

膝の上に座るマドカを抱きしめながら、士度は彼女の耳元で囁いた。心に沁みる、マドカの大好きな声で。
そして、それがマドカが求めていた答えでもあった。

「私も・・・士度さんを・・・もっと感じたいです・・・・」



私たちの心は、よく似ている―― 時々すれ違う心も、互いを想いあう心も、そして求め合う心さえも ――




二人はどちらともなくその額をコツン、と合わせて微笑みあった。

もう、怖くない―― 否、恐れるものなど、二人の間には何もなかったのだ。
少し、臆病になっていただけ・・・・・。



士度はマドカを横抱きに抱き上げると居間を出て、ゆっくりと階段を上がった。



二人の最初の夜を出迎えたのは、柔らかな霧雨の音だった。









                         go to the next morning【6】

                                             
                      go to the first night【5】[R:18]




翌朝の風景へは【6】へ。
夜の情景へは月窟を通って【5】へどうぞ・・・。