魔里人今昔物語 〜其の参〜


「女、宛がった次は、わらし かよ・・・・あんたらも大概暇だな。」


青年の、怒気を孕んだ静かな声を、四木族の長たちは顔色一つ変えずに聴いていた。


「お主の気持ち、分からぬわけではないのだ。しかし、今は時期が時期だけにの・・・・聞き分けてくれ。」


秋木の長がその青年に向かって諌めるようにいった。


「薫流は劉邦に懐いている。若い連中の間で約束事が必要なら、ヤツでもいいじゃないか。」


青年は挑むような眼で秋木の長を見た。


「いろいろと、訳があるのだよ・・・・冬木の若いの。」


夏木の長が、静かに言った。青年の顔はまだ不満そうだ。


とと 様、皆は何を言っているのだ?」


兎の耳がついている帽子を被った童女が、隣にいる父を見上げながら訊ねた。


「・・・・お前と、冬木の長の子が将来、
つがい になる約束事をするのだよ。」

「オイ!まだ勝手に決めるなよ!」

「士度と私が、番?どういうことだ、父様?」

「一生涯をずっと共に、過ごすということだ・・・・。お前と、冬木の長の子が。」

「私と、士度がか?」

「嫌ではなかろう?」

「嫌ではないぞ、父様。」


そんな親子のやりとりを見ながら青年は短く舌打ちをし、そして徐に立ち上がり童女に手を差し伸べた。


「薫流!このあいだ、北山の熊の十郎にハチミツの取り方を教わろうって言ったよな?今からいくぞ。」


青年のその声に、童女は腰を浮かせた。そして気がついたように父の方を振り向き許可を仰ぐ。

春木の長は優しい眼差しで娘を見やり、「行ってくるがよい・・・」と静かに言った。

童女は青年の手をとり、立ち上がった。そして二人は手をとりあって集会場の出口へと向かう。


「士度・・・まだ話は終っていないぞ。」


冬木の長の声が抑揚無く響いた。


「長同士で勝手に話してりゃいいだろ・・・ガキはガキ同士でつるんでるさ。外で亜紋 と劉邦も待っているんだ。」


――大人たちのくだらねー話に付き合ってる暇はねぇんだよ。


青年はそう言い捨てると、自分と七つ歳が違う童女を促し、まだ明るい外へと出て行った。


「・・・・真っ直ぐな、良い眼をしておる。」


青年の姿が消えた戸口を見つめながら呟いた夏木の長の表情は、とても穏やかだ。


「融通が利かぬ子でな・・・ほとほと手を焼いておる。」


冬木の長は小さく溜息を吐きながら答えた。


「いや・・・あの子ならば、我等が運命を背負うに耐えられるであろう・・・。残酷なことだが・・・」


秋木の長の声は苦しげだった。


「いずれにせよ、“刻”が近いのだ。若人らには、我々が焦っているかのように映るのやもしれないがの・・・。」


春木の長の目に映った灯りが揺れていた。


「そうだ・・・。間も無く我等は死に絶え、眠り・・・若人等の時代に再び目覚め、癒される。それが
運命さだめだ・・・。」


冬木の長の言葉に、他の四人の長たちも頷いた。

そして刹那、四人の長たちの思いは、“父”としての想いに変わる。

残していくであろう子供たちの行く末と、その未来を・・・・人として、親として案じ、祈るしかないのだ。

魔と鬼が、牙と爪で傷つけ合っている今、このときは・・・・たった一つの心の臓の為に、血を流し合っている間は果てなく・・・。





Fin.




 


士度と薫流の間には、他の人たちとは少し違う、特別な絆があると思うのです。
お互いがお互いをとても自然に、大切に思っているような。
薫流が士度を見つめるときの眼差しからそう感じました。