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天に祈りをタイヒザック
盗んだ雛は19羽――籠に閉じ込め弄び、
弱った雛は死んだ仔と
錘と一緒に海の中。
輝石煌めくオーバーフェルト
摘み取った花は14本――花弁を一枚一枚剥ぎ取って、
枯れた花は空に晒し
鎖に繋いで海の底。
野に咲く愛の調べノイオプダハ
紅い蜥蜴が手に入れたのは
金銀財宝、ヒトの悲鳴。
唯一生きたお土産は――
一番綺麗なお姫さま……
東の国の美しい訪問者の次にローレライ号を賑やかにしたのは、布張りの双翼を巧みに操り空から舞い降りた――というよりは半ば墜落してきた陽気な青年。太陽の色に近い明るい髪を掻きながら、「失敗失敗!!」と舌を出した彼を突撃隊隊長の笑師が大袈裟な言葉と身振りでいの一番に出迎え、その新たな訪問者の乗り物がローレライ号のマストにあけた穴にシリウスのメンバーは悲鳴を上げている――
「やぁ、士度…!!久し振りだね!!」
「……ちゃんとアレ、直してから帰れよな……亜紋」
笑師に纏わりつかれながら士度ににこやかな微笑を向けた亜紋と呼ばれた彼は、溜息混じりに告げてきた友人に軽く自嘲気味に肩を竦めながらウィンクをすると、士度の隣で眼を白黒させているマドカに向かって屈託の無い表情で手を差し出してきた。
「君がトーンフェーダー嬢?オレ、士度の幼馴染で笑師の“相方”の亜紋っていうんだ。よろしくね?」
「あい…かた…さん……――ですか?」
急に名前を呼ばれた驚きや、彼の言葉の意味するところを理解できずにマドカが戸惑っていると、いつの間にかその手は捕らわれ、振り回すように握手をされた後で。
「そうや!!実はな、嬢ちゃん――わいと亜紋やんはトイフェルドルフの……“King of クラウン”を目指してるや!!」
笑師はどこからか取り出した東洋の扇と共に、声高らかに宣言する――士度の眉間に再び皺が寄り、花月の含み笑い、未だ状況が掴めないマドカの不思議そうな顔にも、急に始まったパフォーマンスは止まらない。
「百聞は一見にしかずだよ、お嬢さん……!!なんならこれから一興――……」
「……――?」
不意に――笑師の隣で大袈裟に腕を広げていた亜紋の動きがピタリと止まり、明るい色をした眼差しは士度とマドカの後ろに固定された。
――そしてその視線は確かに――刹那、憂いの表情を覗かせたようだったが、それは直ぐに人懐っこい輝きに戻り――
「……劉邦、ご無沙汰だったね……!!」
「……………」
亜紋が声を掛けた方へマドカが振向くと――そこには士度の従者の双子よりも背が高い、褐色の肌の逞しい男が冷めた眼で無邪気な言葉の主を睥睨していた――
「………――薫流はどうした?」
「お前の船に集まるんだ……そのうち来るだろ。」
劉邦という男は結局士度以外とはろくに口を利くこともなく――その場にいたレディにもとりあえず視線で無表情な挨拶をしただけで――後は残りの来訪者を待つように士度と短い言葉を交わし始める――
花月はそんな二人の会話に興味深そうに耳を傾け、一方、マドカに見せるはずの余興もそこそこに――顔を曇らせた相方に引っ張られるがままに亜紋は小さく苦笑しながらも、後で男達が集うであろうラウンジへと先に消えていった――
「………………」
……きっとこれから――お仕事なんだわ……――
来訪者達と――従者と――部下達と――書類の確認をしたり、船や陸の様子を話し始めた士度から数歩離れたところでマドカは所在なさげに俯いた。先程まで隣にいたヘヴンも劉邦の船の船医に声を掛けられそちらの方へと行ってしまった――
「……………」
マドカがこの船に身を寄せるようになってから既に二週間近く――しかし彼女は彼の――この船の船長である士度のことについてまだ何も知らないに等しかった。それに――太陽の向こう側に消えていく隼を空に見送ったあの日を境に、マドカと士度はすれ違いの生活が続いていた――もっとも、マドカが最初に指定された朝食の時間に食堂の入り口に立っていると、やがて彼も二人の従者と共にやってきて、短く、ぶっきらぼうな朝の挨拶をしてくれて――同じテーブルについて食事をとることには変わりないのだが――当番の者を除いた船員のほぼ全てが揃っている朝食の場で士度が言葉を交わすのは何もマドカだけではない。他人との接触にまだ無意識の恐怖を感じているマドカは彼らの慣れた会話に加わることもできず、そして時折感じる――彼からの――マドカの言葉をどこか待つような無言の視線にも、彼女はほとんど何も答えることができないまま、時は刻々と過ぎていった。昼食は彼は仕事の合間に適当に済ませているらしく、マドカは士度の従者か笑師が彼女の部屋に運んでくるものを一人で口にする毎日。日が高い間の彼は彼女が思っていたよりも忙しいらしく、書斎に篭りきりだったり、たまに部屋の小窓から見つける彼の姿は、常に波児や従者、他の船員達と一緒……。そんな彼の姿をみていると、ドレスを着せ替えるマドカに眼を細めていた“あのとき”の彼の微笑が悲しい程恋しく想われ、マドカがその大きな瞳を伏せる事も少なくはなかった――それでもマドカは――それは“甘え”だと――優しくしてくれた彼に、自分を救ってくれた彼に、心のどこかで依存したがっている自分がいるのだと――その寂しい気持ちを押し込め、小さな部屋のベッドの上で独り孤独に目を瞑る毎日にいつしか彼女は慣れた振りをしていた。
そんな彼女が士度と再び顔を合わすことになる夕食の時間の食堂は、朝食のときよりも賑やかな雰囲気なのだが、士度とマドカの距離は相変わらず。彼は多くを訊かず、彼女は多くを語れず……ただ――
――彼はいつも……お部屋まで送ってくれる……
一人で歩いたらきっと寂しい静寂の甲板を、海の夜の声を聴きながら――松明の仄かな灯りの下を二人並んでゆっくりと歩く――
そんなささやかなひと時が、マドカにとって一日のうちで最も安らげる刻になっていた。
――退屈してねぇか……?
――……なら、波児に書庫に連れていってもらえ……好きな本を読むといい。
――まだ身体、本調子じゃないみたいだな……昼も――ちゃんと食ってるのか?
――南都に着いたら、街を歩いてみるか……あぁ、ヘヴンの許可が下りたらな……
彼の声は女性に好まれるような粋な柔らかさを持ち合わせてはいなかったが、その低く、雄雄しい音色の中に漂う優しさがマドカは好きだった――彼の問い掛けに対して気の利いたお話をすることなんてできない自分にも、目の前のその人は嫌な顔一つせず、凛々しくも静かな表情で……やがて宛がわれたマドカの部屋の扉の前に着くと、それがまるで遠い昔からの当たり前の習慣のように私の額におやすみのキスを……――
そして彼は踵を返し、もと来た路を去っていく――
マドカはいつも、彼が操舵室の裏に遠く消えるまで夜風に吹かれながら見送っていた。本当は……もっと……傍にいて欲しい。
一緒にいて、明けの鴎が鳴くまで、お話をしていたい……この船のこと、彼が渡った海のお話、訪れた港の話……それに士度さんと同じように船を操り旅をなさっている公爵様のお噂も、船長という立場上彼なら知っているかもしれない……
――もっと……貴方の声を聴いていたい。
目を瞑り、彼からのおやすみのキスを額に感じる刹那――マドカは祈るようにそう思う。
だって貴方の声を聴いていれば、貴方の傍にいれば――安らかに眠れると思うの……
――けれどそれは声に出せぬ望み――
(ダメ……大丈夫だもの……強く、ならなきゃ……)
生きている間、永劫に纏わり憑く枷を――この身も心も――受け入れなければならない――
彼がマドカの視界から消えた後に残る波の音が鳴る海の夜の現、柔らかなベッドの心地よいぬくもりの中で彼女を待っているのは――
逃れることのできない悪夢。
意識が緩やかに落ち――穏やかな眠りが彼女を包みこんでから数刻後――
やがて四肢を上からを拘束され、ピクリとも動かせない圧迫感に襲わる――助けを呼ぼうとする声も、汚れた分厚い掌に口元を押さえつけられ悲鳴すら上げられない――視界も遮られ、不気味な荒い息遣いだけが辛うじて残った聴覚を侵し得体の知れない恐怖を彼女に植え付ける――夜着を引き裂かれる音に身を竦ませる間も無く無理矢理両脚をこじ開けられ、海賊船で毎夜与えられた忌々しい痛みが何の前触れも無くマドカの中心に突き立てられ――それは涙に濡れた眼を瞠りながら引き攣るマドカの躰に頓着することもなく、その呼吸をも奪わんばかりに荒々しく暴れまわり、押さえつけられている手脚からは無数の鬱血するような感覚が――彼女の内腑を破壊することも厭わない凶暴な雄の突き上げに、四肢を裂くその痛みに、恐怖に、絶望に――心と身体が終焉へ手を伸ばそうとするそのとき、マドカの意識は睡りから唐突に叩き出される――
汗と涙に塗れた貌と躰、カラカラに乾いて声もでない喉、必死に空気を求める呼吸、痺れて動けない手脚――ただ――目に映るのはおぞましい海賊達の下卑た笑いではなく、あの牢獄の腐りかけた天井でもなく――ローレライ号の静かな黙――真新しく柔らかな香りがする真っ白なシーツと、彼女を守る清楚な小部屋。
こうしてマドカは毎夜――今は地獄と監獄船にいる海賊達が遺した呪われた悪夢に魘され、海も眠りにつくその時間に覚醒させられた。
そして苦しい息の中、蒼白の頬に涙を伝わせながら震える手で瓶から水を汲み、喉を染み透るその冷たさに気を失うようにして、その痩躯を再び寝具に沈ませる――
保護されてから――この悪夢を見なかった夜はただ一夜。
――彼が――彼の手が――私に触れたあの夜だけ――
――大丈夫だ……マドカ……
夕日が近い海風が甲板を凪ぎ彼女の耳に囁いたのは、あの夜の彼の――少し掠れた、優しい声。
「……………」
船の上を行き交う男達の足音と声の中――マドカは僅かに頬を染めながらも悲しげに目を伏せ、普段使いの緑のドレスを控えめに翻しながら自室へ戻ろうと踵を返した――そのとき――
「――カ……マドカ……!!」
不意に、この船の船長に名前を呼ばれ、彼女は驚いたように顔を上げた――すると彼が客人や船員達から離れ、蒼い目の従者を一人伴いながら彼女のもとへと大して急ぐでもなくやってくる――
士度の後ろに立つ従者が、主人が手で合図を送るやいなや直ぐに彼に一通の手紙を手渡した。
士度は不思議そうに自分を見つめているマドカの手をとると、その手渡されたばかりの封書を彼女の手にそっと握らせた――少し丸い癖のついた、しかしながら上質の封筒の中心に施してある蝋封の紋章にマドカは目を瞠る――狼と百合の――それはつい一月程前まで、マドカが平和な小島でその到着を待ち焦がれていた、公爵からの手紙の証。
「士度、さん………」
彼女の細い手と声が微かに震え、その大きな瞳が救いを求めるように士度に向けられた――士度は彼女の向こう側に見える太陽の眩しさに、少し目を細めたようだった。
「……昼過ぎに、届いた。この先にある岬の向こうの山を越えてきたから思ったよりも早く……?」
士度が彼女の貌に視線を戻すと――彼女はその手紙を胸元に抱き、揺れる瞳には光る雫が――
「………俺はこれから奴らと一仕事だ。一人でも大丈夫だな……?」
その武骨な指でマドカの涙を払いながらの士度の言葉に、彼女の瞳が刹那揺らいだのを彼は見逃さなかった――しかし彼女は健気にもコクリと頷きながら――ありがとうございます……――と消え入りそうな声で、士度に礼を伝えてくる――
気にするな……――彼女の頬からゆっくりと手を離しながら士度は無表情に呟き、この船の船長を待つ仲間達の元へと再び脚を向けた――
背後で、手紙を胸元に抱きながら彼女がこちらを見送っている気配がした――アイツはきっと、俺が談話室へ続く階段に消えるまで、そこを動かないだろう――毎夜儚い眼差しで、俺を見送るそのときのように。
そんな彼女の視線に気づいていながらも、士度は振向かぬまま、少し苛立った足取りで甲板を進んだ――
可愛いね……?――彼の隣を歩いていた花月が、チラリとマドカの方に視線を流しながら口元に笑みをつくり、そのたおやかな指先で士度の逞しい肩へとそっと触れてきた。
士度は何も答えなかった――
ただ今宵は――いつも哀しげな彼女の貌に射す仄かな光を望むことができるような気がしていた。
あの“公爵”が、あの手紙の中で――よほど愚かな戯言をインクに浸していない限りは――
「――ッ!!?危っねーなぁ!!オイ!!」
メインデッキからレーヴェが吼える声が聞こえた――案の定遅刻してきたGBの船が、いつもの如くローレライ号にタックル寸前の舵捌きで挨拶してきたのだ。
派手な黄色い船の船首から、同じく大袈裟な銀次の挨拶が士度の耳に飛んできた――
悪ぃな、銀次――ここんところ、素直に笑える気分じゃねぇんだ――
情けねぇことにな………
自室へと続く路を、訪問者達の従者や作業をする船員達に塞がれてしまっていたマドカは、甲板の反対側を進むうちに、程良い日陰を見つけた。そこは船長さんの――士度さんの、お部屋の裏の特等席――マストで作られた庇の下には蔦模様の綺麗なカーブを描くベンチ、その隣には少し大きめの樽がいくつか並び、太陽に晒されている船の一角に心地良い空間を作っていた。
「………」
マドカは少し躊躇いながらもそのベンチに腰掛けると、胸に抱いたまま見ることができなかった手紙に恐る恐る視線を落とした――
手渡された手紙は一月前と変わらず――その薄さに反比例する上質な封筒に厳かな蝋の封印、そして受け取り主である彼女の名を刻むのは――硬く、丁寧に書かれた雄雄しくも美しい文字。
「――っ……!」
彼の――公爵の文字は自然マドカに熱い涙をもたらした。マドカはとめどなく零れ落ちる雫を拭うでもなく、まだ封を切られていないその手紙を見つめながら涙した――
攫われる前に、彼と交わした文に綴られた一言一句が――あの暝い牢獄の呪われた日々の中で、マドカの心を朽ちることから救ってくれた――彼からの手紙を手にする度に心躍った瞬間を――その文字を追う度に暖かい想いで満たされた日々を反芻し、最早潰えた願いと知りながらも、マドカの人生にかけがえの無い夢と喜びを与えてくれた“公爵”の存在に縋ることで、マドカは崩れ去ろうとする己の心を繋ぎとめていた。
せめてこの命が尽きるその前に――想いを――憶いを――ただただ、貴方に伝えたかった……――貴方をお慕いする想いと貴方のお言葉が、私を再び陽の元に導いてくださったこと――私の心を、守ってくれたこと……――そして……
私の夢は――永遠に夢のままに……――貴方の幸せな人生をお祈り致します――
そしてどうか――貴方をお慕いする私のこの想いは終生変わらぬことをお許しください……
「……………」
(まさか――お返事をくださるなんて……)
マドカは象牙色の封筒に流れる彼の文字に愛しそうに触れながら、婚約の終焉を伝えた文にすら、言葉を返してくれる公爵の寛容さと優しさに再び涙を誘われた――
「…………」
マドカは中央甲板からの去り際に蒼い目の士度の従者が貸してくれた小さなペーパーナイフをドレスのポケットから取り出すと、まるで壊れ物でも扱うように慎重に、ゆっくりと――恐らく最後になるであろう公爵からの手紙の端に――その丸い刃を通した。
天に祈りをタイヒザック
盗んだ雛は19羽――籠に閉じ込め弄び、
弱った雛は死んだ仔と
錘と一緒に海の中。
輝石煌めくオーバーフェルト
摘み取った花は14本――花弁を一枚一枚剥ぎ取って、
枯れた花は空に晒し
鎖に繋いで海の底。
外海駆ける紅い船
空腹蜥蜴に怯え雛、萎れたお花でもういっぱい――
それでも奴らは海を駆る――
躯を海に棄てながら
贄を求めて海を駆る。
野に咲く愛の調べノイオプダハ
紅い蜥蜴が手に入れたのは
金銀財宝、ヒトの悲鳴。
唯一生きたお土産は―― 一番綺麗なお姫さま。
雛は互いに囁き合い、花は互いに寄り添って
零れる涙を慰めたけど――
可哀想なお姫さま、暗い牢屋にただ一人。
亡き人を知らず再会を夢み
文(ふみ)しか知らぬ想い人に心を託す――
可哀想なお姫さま、暝い牢屋にただ一人。
輝き翳る濡羽髪――細く窶れる身と心。
嘆きの声も涸れ果てて、虚ろな眼で贄となる――
可哀想なお姫さま、暝い牢屋にただ一人。
可哀想なお姫さま、暝い牢屋にただ一人――
亜紋の良く通る吟遊詩人の如き物語る声が、笑師の爪弾いたリュートの哀しげな伴奏と共に静かに消えていった――
厳かに一礼をする二人の目に映るのは、談話室に広く円座に並べられたソファに各々身を沈めながら静かに黙祷を捧げる海の漢達。
「……此処に来る途中――海藻の群生に絡まった、鎖に繋がれた乙女達を見たよ……」
――6人……いたかな……髪と肌の色からして、南都の娘達だったと思う……
緩やかに沈黙を破った花月の言葉に、劉邦の眉間が僅かに揺らいだ。
「こんな真夏に……一つの狭い牢に何人も詰め込まれて、汚ねぇ野郎共に毎日身体をいいように弄ばれたら病気の一つや二つにもなるさ……」
「――!!……ッ」
蛮が煙草に点けるマッチの灯に無表情な眼差しを向けながら抑揚無く紡いだ言葉に、銀次が弾かれたように顔を上げ、苦しみを堪えるかのように唇を噛み締めた。
海の箱庭――船の上で病とその蔓延は禁忌――
湿った空気と黴が肺を侵す病、慣れぬ船旅で衰弱する躯、身を灼く性病、傷ついた肌が膿み、蟲に犯され皮膚から皮膚へと飛び火する――
海賊達には――浴びる酒には惜しまぬが、病床に伏した奴隷の薬の為に金は使わない――略奪と殺戮の為に手を染めるならまだしも、彼女達の身体を癒す為に寄港する危険も冒さない――しかし、病人を自分達の巣にはいつまでも置いてはおけない……そして彼らがとる手段は――
太陽が高く、風も波も凪いだ静かな昼下がり――牢に囚われ、病魔に憑かれた女達は久し振りに拝む陽の輝きに甲板の上で目を細める――しかしその手は互いを鎖で繋がれ、捕らわれたときに来ていた服は脱がされ、纏わされた襤褸はかつて衣服であったもの――やがて最後尾の娘の腰から続く鎖に結わえられるのは――無言に光る鈍色の塊。
熱が思考を奪い去ろうとしている朦朧とした意識のなかでは、誰もそれに気づかなかったであろうか――それとも――恐怖に慄き、泣き喚きながら最後まで命乞いをしたであろうか――絶望に打ちひしがれ、心をどこかへ置き去りにしてしまった娘もいたであろう……――
女達の悲鳴と懇願が地獄のように木霊する中、列の先頭の娘が押さえ込まれ、その柔らかな腕に刃が走り、浅い傷がつけられる――恐竦の息を呑む静けさが周りを支配した刹那、船のマストを揺らすのは最後尾の娘が海賊に蹴り落とされた錘と共に海に引き込まれながら放つ最後の叫び――波飛沫の音――そのまま次々と引き摺られ、静かな海に飲み込まれる声にならない悲鳴の連鎖――そして海に消えていく友の姿と耐えがたい現実に痛みを忘れた最後の娘が、その傷口を潮で洗われ覚醒したときは、刻既に遅し――血の臭いに惹かれた獰猛な海の狩人達が、海中に沈んで行く乙女達の肢体を跡形も無く腹に収め、再び戻る海の静寂。
夜はいけない――狩人達も眠る刻――乙女達の悲鳴が残るから――
波がある日もよろしくない――奴らが血の臭いに気づくのが遅くなる――または揺らめく骸が船に絡みつき、海の底へと引きずり込むから――
海の藻屑と消えた彼女達が纏っていた衣服は洗われて、やがてどこかの港で売りに出され、金に換えられる――
綺麗なべべだろ?――
嫁いだ娘が残していったものさ――
旦那を支える嫁様になったんだ――もう若い格好はしてられないってね……買っていくかい?――
まだまだ着れる代物さ!きっとアンタの大事な人に良く似合うことだろうよ……――
――そして何も知らないどこかの港町の夫が、恋人が、父親が――大切な人の喜ぶ顔を見たくて、乙女の衣服に手を伸ばす――
お嫁に行った前の持ち主さんと同じように、この服を着れば妻も、彼女も、娘も――きっと幸せになれることだろう……
「…………」
育ての親から聞いた海賊に捕らわれた女達の末路の物語を思い出し、銀次は薄っすらと苦しげに汗を掻きながらその身を深くソファに沈めた――死出の旅を強制された娘達の生きたままの“海葬”が上手くいかないと、錘から腐敗した鎖が切れ、今日、花月が目にしたように鎖に繋がれた乙女達が浮かび上がり――海藻や海草の群生に捕らわれ、その屍で海路を飾ることになるのである――銀次達GBの船も一度“彼女達”に遭遇し――そのまま通り過ぎようとする蛮に頼み込んで――彼女達を引き上げ、鎖を外し、棺に入れて――改めて海に葬ったことがあった――「……きりがねぇぞ、毎度こんなことをやってたらな……」―― 一度切りだぜ……?――銀次の号令の下、彼と共に沈痛な面持ちで黙々と作業をする船員と相棒をハンモックの上から無表情に眺めていた蛮の紫煙は、その日、いつもより濃く、苦く――彼の肺を満たしていた――
そんな銀次を横目で見ながら、亜紋は従者から一枚の羊皮紙を手渡されて眉を顰めている士度に世間話でもするように声を掛けた。
「村娘や小間使いならともかく……でもどうしてトーンフェーダー嬢は誘拐されたの?報復が恐いからいくら海賊でも貴族の身内にはめったに手をださないのに……」
タイヒザックやオーバーフェルトの総督令嬢も、金庫の財宝全部と引き換えに無事だったって話なのにねぇ……?――
亜紋の疑問符に「そう言えば、そうやなぁ……?」と笑師も首を傾げ、花月や蛮が士度の答えを待つかのように視線を彼に流した。
「……奴らはマドカを、砂漠の国の王族に売り渡すつもりだったらしいぜ……」
報復も、島民皆殺しにしておけば誰が攫ったかなんざ、知る由もねぇからな……――
そう苦々しく吐き捨てながら、士度は手元の羊皮紙を隣にいる花月に渡した――それに目を通す花月の横から上から、亜紋と笑師が件の書類を覗き込む。そこに書かれていたのは――
<育ちと血統が良い若く大人しい女鹿を所望する。烏羽色の瞳と黒檀色の長髪、見目麗しの白小鹿――音を美しく奏でる芸があれば尚好し。条件を完全に満たせば金貨三袋と引き換えに――……>
「…………」
「………注文書やな……」
黄味を帯び変色した皮紙の最後にあるサインと笑師の言葉に花月は不機嫌そうに愁眉を曇らせると、その書類を亜紋の方へと押しやった。亜紋はその皮紙に再び目を通すことなく、それをそのまま後ろ手にブラウの方へ黙って流した。
「……洋種の貴族の娘は砂漠の国では鳳の羽根飾りの如く高く売れるからな。育ちが良ければ逃げ出す知恵も体力もねぇ、大人しい白磁の人形だ……向こうの王族の道楽ってことで、最近流行りらしいぜ……?」
ちっと調教すりゃ、珍しい毛並みの性奴隷の出来上がりってな……――
手にしたウィスキーを煽りながら苦味を吐き出すように呟いた劉邦の言葉に士度も眉を寄せながら嘆息すると、従者に次の報告を促した――
「王都と北都に属するタイヒザック、オーバーフェルト、ノイオプダハ以外にも、赤蜥蜴の船には東都、南都、西都から………――」
再び溜息を漏らしたのは誰だったであろうか――深く琥珀色に輝く静厳な空間に燻る紫煙と酒の入り混じった匂いが、男達の心を代弁しているようであった――
「よい……しょっ……と………」
「……――!!?」
ローレライ号の手すりの下に引っ掛けた縄鉤を上りきると、突然下から飛んできた鉤に警戒していた見張りと目がかち合った――その見張りの若者は、その招かれざるであろう訪問者に対して、いつでも仲間を呼べるよう、口には呼笛、手には槍を構えて警戒していたのだが――海の方から上がって来た“この船では”すでに見慣れた一風変わった帽子が目に入るやいなや、脱力したかのように肩の力を抜き、槍を垂直に納めた。
「……お嬢さん……何度も言っておりますが、どうか普通の御訪問を……」
頓狂な訪問者に対してそう苦言を呈しかけた見張りの若者はその無駄を瞬時に悟り、項垂れながら口を噤んだ――東の国の音楽を煌びやかに鳴らしながら登場した東の若君、自分の船の見張り台からわざわざ双翼を駆って参上したお頭の幼馴染、毎度砲弾長を吼えさせるGBの気違い染みた黄色い船――ウチお頭は“まともなお人”なのに、何だってローレライ号の訪問者達は揃いも揃って曲者ばかりなのだろう……。
お勤め、ご苦労――槍の柄を握り締めながらこめかみをひくつかせている見張りに対してそんな暢気な労いをかけながら、“お嬢さん”と呼ばれた小柄な少女はローレライ号によじ登ると悪びれもせずにスタスタと慣れた足取りで広い甲板の向こう側へ消えていった――
「……アレ?」
若者は首を傾げた――あの“お嬢さん”がお頭に呼ばれて来たのなら、お頭は今、他の訪問者と一緒に談話室に……彼女が歩いていった方とは逆の区画にいるはずだ。そっちには……船長室が……。
「…………」
彼女はまた定例会議をサボる気らしい――まぁ、自分には関係ないか……あのお嬢さんには甘いお頭は、きっとまた彼女の頭をコツンと小突く程度のお仕置きしかしないだろうし……
若者は妙に納得した面持ちで彼女に声を掛けぬまま姿勢を正すと、再び気を引き締めて自らの職務に戻った――黄昏時の見張りは日暮が海に反射して他の船を隠す場合がある――神経を使う重大任務だ。
――そろそろ当番が各所の松明を灯しにくる時間だ――今日は……誰だったか……あぁ、范の番だったな……
彼が立っている位置からそう遠くは無い談話室に続く階段近くの広いスペースでは、非番のシリウスのメンバーと訪問船の船員たちが大きめの円陣を作って賑やかにその中心を見守っている――船長の片腕――紅眼のロートの美しい銀髪が翻り、その逞しくもしなやかな体躯が縦横無尽に飛ぶ飛針を避け宙に舞い、見物人達から歓声が上がった――対しているのは東の若君の警護者、確か“ジュウベエ”とか言う……――
「……――!!?」
ロートのカタールに弾かれた飛針が真っ直ぐ若者の方に飛んできた――彼は反射的に槍を翻し、自分に次々と向かってきた四本を叩き落した――キンッキン、キン……――と鋭い音を立てて、飛針は再び弾かれ甲板に墜ちる――飛針の軌跡を目で追っていた見物人達からオォ…!と低い歓声が上がった――その流れる動作と共に静かに揺れたのは、首筋で獣の尻尾のように肩先まで細く結わえてある灰色の彼の髪――五本目は……
「…………」
「――やるじゃねぇか、ランツェ!!」
ファルケをはじめ仲間達や訪問者の部下達から送られる賞賛の口笛や揶揄の声に愛想を返すでもなく、若者はローレライ号の手摺に深々と突き刺さった五本目の飛針を見つめ自嘲気味に目を伏せた――先程“お嬢さん”が縄鉤であけた穴と同様、この穴も当番明けには修理ておかないとな……まだまだ自分も、修行不足らしい。
「……………」
ランツェは小さく息を吐きながら勢い良く顔を上げると、槍を立て、直立不動の姿勢でその切れ長の眼を再度夕焼けの海に向けた――
薫流は鼻歌混じりに迷う事無く真っ直ぐに、ローレライ号の船長室を目指していた――談話室に行ってもどうせ、男共が顔を突き合わせて辛気臭い話をしているのだろう。大事な話があればきっと帰りの船の中で劉邦が教えてくれるだろうし、この後は士度の優しい小言を聞いてお仕舞いだ……――それに今は……士度に会うのは何となく気まずい。この間会ったときに――“もう、抱かない”とはっきり言われてしまったからだ――“癒しの力”――古から続くその秘匿の力を使えば、喉が空々に乾き、思考が熱に犯され、酷く躰が火照り――どうしても“欲しくなる”――そんな苦しみに一人身悶えながら一夜を越せば、その症状はケロリと治まるのだが、それが何度も続くと身体への負担は計り知れない――そしてその力に目覚め、その苦痛から逃れる必要性に迫られた時に、薫流が縋った相手が士度だった――女系家族の跡取りとして独り子の彼女の、母親が違うただ一人の義兄(あに)に彼女は成長してからも幼子が懐く延長のように甘え、まるでそれが自然なことのように燻る熱を開放してもらった……――精鋭揃いの奪還屋グループ、シリウスを纏めるお頭である彼も、住む場所は違えど幼い頃から自分を慕っては無償の愛を求めてくる義妹に対してはその境遇も相俟ってか如何せん“甘すぎた”――やがて彼にもそれなりに事情ができ、彼女にも婚約者が宛がわれたので、二人の肉体的な関係はそれもごく自然に終止符を打つことになったのだが……――それはそれで良い、たかだかそれだけのことで自分と士度の精神的な繋がりに皹(ひび)が入るなんて薫流はさらさら思っていなかったし、士度だってそうであろう――ただ……彼に抱かれるときの、あの優しくも熱い温もりにもう触れることができないは惜しいことだ――そんな未練がましい想いに揺れている自分に対して、薫流自身が少しばかり憮然とした思いを抱いている――そしてこんな自分を士度に悟られるのが今更ながらほんの少し恥ずかしい――そんな、彼女にしては珍しく乙女染みた考えを、薫流は今回の会合をサボる言い訳の一つにしていた。
(それに私がくる日は………)
士度は昼の茶菓子を、いつもちゃんと残しておいてくれる――それも会合をサボる目的の一つで……
キョロキョロと当たりを見回しながら薫流は船長室の扉を開けた――途中、近くに居た別の見張りと眼がかち合ったが、彼も慣れたものなのか、見て見ぬ振りを決め込んだようだった――当たり前だ、私は士度の大事な書類など弄ったりはしないぞ……?
薫流は船長室に入ると、他のものには眼もくれず、まっすぐ書斎机へと向かった――そして机の上の書類には全く関心を示さず――あった、今日の茶菓子は……和紙に包まれた東の国の米菓子だ!――薫流は機嫌よくその包みを手にすると、中で輝く色とりどりの菓子に眼を輝かせた――すると……
(………?)
どこからか……誰かが啜り泣く声がした――広々とした書斎兼船長室を見回しても、その声の主はいない――控えめに、押し殺すかのように嘆く声のする方へ薫流が歩を進めると――船長室の一番奥の窓に行き当たった。そして彼女がそこから外を覗いてみると――
シリウスのメンバーには似つかわしくない、濡れ羽色の長い髪をした一人の小柄な少女が、ベンチに腰掛け涙していた――彼女の手元には、二通の便箋が――
(…………)
薫流は米菓子を口にしながら、少し考える素振りを見せるとそのまま踵を返した――見たところ、自分より三つか四つ位しか歳が違わなそうな女だった――良い暇潰しに、なりそうだ。
薫流が外へ出たときにはもう、甲板の向こう側からゆっくりと、松明の燈が灯される――そんな頃合になっていた――もうすぐ完全に陽が沈む――少し冷えた海風が薫流の柔らかな頬に挨拶をした――そんな空気を心地よく感じながら、薫流は船長室の裏へと駆けていった。
「………ッ……!!……!!」
手紙を持つ手の震えが止まらない――夕日が水平線に沈もうとする中、紅く燃える陽光の名残がマドカの頬を伝う涙を美しく照らした。
強くならなきゃ……――そんな風に思ったばかりなのに、この心はもう既に散り散りに壊れてしまいそうだった――自分の存在が――公爵様を……彼の未来を……――誇り高き貴族の言葉に、嘘は無い――ましてや、大地を震わせるが如くの威厳と力を持つ“北の狼”である“彼”が、……既に身寄りも未来も無くしたこんな貴族の娘に対して戯言を……わざわざ手紙で告げてくるはずがないのだ――手紙に書いてあることが紛れも無い真実のお言葉であるのなら……私は……私は……
「どうした?腹でも痛いのか?」
「――――!!?」
何時の間に目の前までやってきたのか、マドカが伏せていた顔を上げると、そこには長い兎の耳を模した不可思議な帽子に、コルセットもつけない軽装、それにマントを羽織った小柄な少女が、マドカを見下ろしていた。
彼女はマドカが手にしてる便箋と封筒を横目でチラリと見ながら、そのまま当たり前のように、マドカが座っているベンチの横にある大きめの樽の上に腰掛けると、手にしていた菓子の包みを開けて再びそれを口にし始めた。
「………手紙で女を泣かすとは、ソイツはよっぽどの虚け者なのだな。」
「――!!そ、そんな……公爵様はお優しくて……思いやりに溢れていらしゃって……とても素晴らしいお方です……!」
唐突に目の前にやってきた見知らぬ少女の、やはり唐突な台詞にマドカは眼を瞠りながらも自分の正直な思いを毅然と告げた――少女の口元が小さく笑ったような気がした。
「なら、お前は何故泣いているのだ?」
「―――ッ!!」
菓子を行儀悪く放り投げ、口でキャッチしながらの少女の問いに、マドカは目元の涙を慌てて拭いながら声を震わせた。
「それは……公爵様が……今生…私以外の女性と……永遠の誓いを立てる意思はないと……」
そんな……私は……公爵様に……相応しい女性ではないのに……――
ポツリ……――マドカの涙が公爵からの手紙に新たな小さな染みを作った――マドカは慌てて便箋を元通りに折り、宝物をしまうかのように象牙色の封筒にそっとそれを収めた。
「婚約者か……良いではないか。私の婚約者なんぞ、そんな洒落たことなど言えぬ野生児染みた幼馴染だぞ?それに……」
お前が相応しくないと言う理由は、その傷だらけの腹のせいか……?――
「―――ッ……!?」
細く、綺麗な指で少女はマドカの腹部を指差した――呪われた記憶が――刻み込まれた悪夢が――マドカの細い身体を駆け巡り、自分を抱きしめるように身を竦ませた彼女の唇を蒼く震わせた――何故……何故、この人は……私の身体のことを知っているの……?――
「……視えるのだよ、私には。」
人の病や傷に侵されし処が、はっきりとな……――
マドカの心の中の疑問にあっさりと答えながら少女は不敵に微笑むと、菓子の包みを樽の上に置いたまま樽から身軽に飛び降り――スッ……と音も立てずに彼女の懐に飛び込んできた――
「“ハジメマシテ”、トーンフェーダー嬢………お近づきの印に、私からも贈り物をやろう……」
「……!?な……に……!?」
武の心得でもあるのだろうか――マドカはその小柄な少女に両手を捕られるとあっという間にベンチの上に転がされ、少女はこともあろうかマドカに馬乗りに乗り上げてきた――そして……
「――!!?ぁ……っ!…ぁんん…っ……!!」
薫流はマドカのスカートの中に手を入れ、ペチコートをたくし上げると躊躇いも無く彼女の秘処に掌を押しつけてきた――突然のことに抵抗を忘れたマドカの身体を駆け抜けたのは、内側にじっとりと侵入してくる得体の知れない灼熱――
叫びだしたマドカの口を、薫流の小さな手が悲鳴ごと封じてしまった――そしてどこにそんな力があるのか、熱に煽られもがくマドカの身体も、圧し掛かる彼女の小さな肢体が押さえつけて抵抗を許さない。
「〜〜ッ……!!――ン――!!」
「……少しの我慢だよ、マドカ・トーンフェーダー………」
薫流はどこか苦しそうに微笑みながら、涙を湛えるマドカの瞳の雫をその愛らしい舌でペロリと掬い取った――彼女の下で、マドカの身体が怯えたようにピクリと揺れ――やがて熱に思考を奪われたかのように、強張っていたマドカの四肢からクタリと力が抜けた――
「……………」
触れられた身体の中心から一気に駆け抜けた熱に朦朧としているマドカの首筋に、薫流は無言のままチュッと音を立てながら口づけを落とした――そのとき、彼女の目の端に入ったのは、意識を奪われながらもしっかりとマドカの手に握られている――手紙。
「………気に病むことなぞ、ないのにな……」
彼女の唇が綺麗な弧を描いた――薫流は薄っすらと汗を掻きながら、その小さな身体の重みをほんの少し、マドカの方に預けた。
泣き出しそうな彼女の“気”が、衣服を通して薫流の全身へと伝わってくる――
――あぁ、大分傷ついているのだな……でも私には……心の傷までは、癒せない……
「………?―――!!?」
空が海を反射して紫と蒼の狭間に変わる刻限――船長室の入り口に松明の火を灯しにきた范は、その部屋の裏側から小さな女性の悲鳴を聞いたような気がした――残り火を手に、裏側を覗いてみると、目に飛び込んできたのは、二人の“お嬢さん”が重なり合う姿。
(……なっ!!!?は、破廉恥な……!!)
范は顔を真っ赤にしながら慌てて当たりを見回したが、幸い他の見張りにこの場所は死角になっていて、この情事(?)は気づかれてはいないらしい――
彼(・)は踵を返すやいなや、会議が行われている談話室へと直行した――珍しく全速力で甲板を走る様を、先程声を交し合ったばかりのランツェに訝しげに見られたが、それどころではない!――談話室の前の甲板へ着くと、ロートと東の国の従者がまだ鍔迫り合いを続けていた――その周りでいつの間にか行われている賭けも佳境に入り、大賑わいだ。
范はそんな暢気な連中に舌打ちをしながらも、談話室の扉の前で姿勢を正すその瞬間まで、駆ける脚を止めることはしなかった――
「………ン…………」
気がついたときマドカは――絹のネグリジェを着て、この船で彼女の自室である小さな部屋のベッドに寝かされていた。
(………大分良くなってたわ……でもまだ無理は………えぇ……分かってるわね……?)
そんなヘヴンの声と、船長の――士度の、“おやすみ”を言う声が重なり、ベッドから遠くない扉がパタン……と静かに閉められたようだった。
徐々に意識が浮上し始めたマドカは――まず、自分の手に何も握られていないことに愕然とし、慌てて身を起こした――急な動作にクラリと齎された眩暈に身体が揺れ、気づいた士度が慌ててその痩躯を支えた――
「……士度、さん……私、公爵様の……」
「……手紙なら、ここにある。」
乾いた喉から最初に搾り出されたのは、大切な人からの――かけがえのない、手紙の安否。士度がベッドサイドチェストに置かれている封筒を顎で示すと、マドカは心の底から安心したかのように、ようやく背を枕にそっと預けた。
そんな彼女の姿に少し戸惑う表情を覗かせながらも、士度は彼女に水の入ったグラスを差し出しながら彼女の意識が無い間、ずっと蟠っていた疑問を口にする――
「……お前、あの手紙を読んで泣いていたって、薫流が……アイツは俺の義理の妹なんだが……言ってたぞ?いったい公爵は何を……」
「………私が、いけないんです……」
「何……?」
流す涙も涸れ果てたのか、手紙を見つめながらマドカは静かに目を伏せた――
「公爵様は……今生、私以外の女性と永遠の誓いを立てる意思は無いと……それは例え……私が公爵様とのご結婚をお断りしても、変わるものではないと……そう仰って………」
微かに揺れるマドカの声に、士度は面倒臭そうに言葉を紡いだ。
「……それなら、嫁いでやったらいいじゃねぇか。それにそれは公爵が勝手に決めたことだろ?……どうしても公爵に嫁ぐのが嫌なら、お前が派手に振ってやったって、別に誰もお前のことを咎めやしねーよ……」
別に泣く事なんて何も……――
そんな士度の言葉にマドカはフルフルと首を振った――手元のキルトを握る彼女の手は、何かに耐えるように微かに震えていた。
「……あの……お船の中で……ッ………みんな……毎日私に触れてきて………っ……でも……でも……――」
「―――!?マドカ……?」
堰を切ったように飛び出してきて彼女の痛苦の叫びに、気づけば士度は彼女の震える手を握り締めていた――マドカはその大きな手に縋るように身を屈めながら、哀しみが心を這い上がる苦しい息の中――耐え難い現実を告白する――
――私の体……普通じゃないって……人形みたいで……痛がるだけの……つまらない身体だから……だから――
薬を使わなければ傷ついた躰――快楽を拾わないから傷つけられた躰――
それでもその悲鳴を聴く為に……欲の捌け口に――弄ばれた、ワ タ シ ノ 躯――
公爵様には……相応しく……ないんです――
「――何方かに……嫁げるような身体じゃないって………すぐに飽きる……穴があるだけの……木偶のようだって………――ッ!?」
もう、黙れ―――
海に浸された身体を引き寄せられた――彼と最初に出会ったあの日が――マドカの脳裏に蘇った。無表情な声でそう言ったのに、何故か慈しみを感じる彼の声に惹かれるように胸元に抱き込まれ、あやすように背を撫でられ――マドカの心に込み上げてくる熱いものは――今日流したどの涙とも、きっと違うもの……
士度は彼女の戸惑う貌を覗き込み、ネグリジェの上から彼女の肌を撫でた――マドカが困惑するように頬を赤らめながら顔を伏せる。
彼の掌はゆっくりとマドカの腕を伝い――その細く美しい手を絡めとり、怯えるように震える白い指先にそっと口づけを落とした。
「……俺に触られるのも――嫌か……?」
低く静かな士度の声に、マドカは小さく頭を振った。
すると頬に、唇に、額に――振ってきたのはいつかと同じ、泣き出したくなるような優しいキス。
――俺がこうやって触れた夜も……辛かったか……?
「…………ぃぃぇ……」
小さく呟いた声ごと啄ばまれ、飲み込まれ――マドカの瞼が震え、柔らかく唇が食まれるなか、彼の手に掛かるのは彼女のネグリジェのボタン――胸が……熱い――重く鳴り響く心の臓の叫びが今は何を――何を意味するのか分からないまま、マドカは身体を強張らせ、動けないままでいた。
「マドカ……身体を重ねることは――痛みを伴うだけのものじゃない――」
「……!――ん……ッ……」
ゆっくりと露にされたマドカの柔らかな胸が外気に触れ、微かに粟立った――身を晒される恥ずかしさよりも、身体のラインを辿る彼の掌の熱に心が揺らされ――マドカは戸惑うように彼の手を握り締めた――ほんの少し、掌を動かして返事をしてくれる優しさに、また、心が泣きそうになる。
まして恐怖や嫌悪を抱きながら繋がることなんざ――正しいことじゃねぇんだよ……――
「………!!」
そういえばいつか――貴族の娘達のお喋りの中で聞いたことがある……殿方に躰を預けるということは――愛や幸福を分かち合う為――
そのときはまだ――それは神に祝福を与えられ、永遠の誓いを立てた恋人達の清らかな睦事だと――そう夢のように思っていたのに……
それなら……それなら……私が今……彼に……彼を………この気持ちは…………
静止してしまう身体や心に困惑の色を隠せずに瞳を揺らすマドカに向けられたのは士度の――彼の、いつになく穏やかな眼差し。
それにな……マドカ――哀しみや寂しさを埋める為に――
「……誰かに縋りたいと思う気持ちは、罪じゃない――」
「――!!……ッ……!」
シーツを握り締める手を捕られ、マドカの震える唇の先で囁かれ――零すまいと懸命に支えていた己の哀しみの器が傾く音を、マドカは身の内側から確かに聞いた。
「……いいんだ、マドカ……――」
俺が――全部……
いつの間にかマドカの瞳から溢れ出ていた涙を、士度は唇で静かに受け止める――
違う、この涙は――哀しみからでも恐怖からでもない――
彼の優しさに――どうしようもなく安堵している私の心が――流している涙――
「ア……ん―――………」
ゆっくりと、何かとても大切なものを触るように彼の大きな掌がマドカの肌を撫でた。
シーツに横たわる彼女のなだらかな躰をゆっくりと愛撫を施し、臍から鳩尾を通って乳房にまで舌を這わせると彼女の真っ白な躰が薄桃色に染まったような気がした。
厚く幅のある士度の掌に包まれた彼女の形の良い乳房は刺激を与えられる度に堪えるような愛らしい声を引き出し、彼の長い人差し指が快楽で張り出した彼女の桃色の蕾を撫でながら弾き、口に含んで甘噛みをすると、彼女の腰が浮き、白い背が綺麗に撓った。
「ん……っ!」
脳を撫でるように犯す不可思議な感覚――マドカは彼の背に無意識に爪を立てながら未知の感覚に戸惑っていた。
違う…違う……全部……違う――同じところを触れられているのに……“あの船”に捕らわれていたときとは全て違う感覚がマドカの五感に入り込み、柔らかに神経に触れていく――
両の乳房を満遍なく触れられ、マドカが揺蕩う思考のなか、その感覚に翻弄されていたそのとき――彼女は忍び寄るように感じる己の脚の間の変化に頬を染めた。
奥の方からしっとりと濡れていくような不慣れな感覚に、マドカは不安そうな表情を浮かべながら身を捩る。
「士度…さん……」
「大丈夫だ……」
また、知らない彼の表情――こんなにも近くで、こんなにも優しい眼差しを誰かに向けられることなんて――もう遠い昔の記憶のようなのに……
彼女の躰に愛撫を施しながらゆっくりと下りてきた彼の手が中心に触れた刹那、マドカの腰が逃げるように揺れたが、彼は彼女の腿をあやすように撫で、その柔らかく敏感な部分を厚く、逞しい指でそっとなぞった――マドカの両腕が反射的に――救いを求めるかのように彼の体躯に縋ってきた――彼の躯は――今まで彼女を無理矢理抱いた他のどの男の身体とも違い、彼女の存在を自然に受け止め、触れているだけで、その熱を感じるだけで――彼女に無償の安堵感を与えた。異性の肌に、自分から手を伸ばした現実にマドカがその貌を朱に染めた刹那、彼女の首筋に唇で快楽を残しながら、彼の指が――彼女の中心で蠢き始める。
「……ん…ンンッ……」
濡れて煌めく彼女の秘花を指で撫で上げると、透明な蜜が糸を引く。
一度擦られたまだ初々しい小さな肉芽が、刺激に惑乱しヒクヒクと愛らしく震えているのが見えた。薄い茂みを掻き分けた彼の指は、濡れそぼった彼女の花弁を、眩暈がするほど優しい手つきで撫でた。マドカは小鹿のように震え、恥じらいの声をあげながらその身を士度に寄せてくる――そんな彼女に、彼は愛液を指に絡めながら緩やかながらも執拗に愛撫を繰り返し、自分の躰の反応に怖じ惑うマドカを落ち着かせるように上半身を起こすと、彼女の頬や額を唇でそっとあやした――上から与えられる緩やかな愛撫と、下から施される濃厚な愛撫に彼女が小さく啼きながら翻弄されていると――
潤んだ秘芽に彼の親指が押し当てられ、掌で肉全体を潰す圧迫感を与えながら――マドカの胎内に士度の厳つい指が侵入してきた――
「ア……ッ……やぁ………ッ!!」
「……ッ」
残りの指が蜜口を塞ぐ花弁を器用に左右に広げ、開かれた花孔を彼女の内壁に締めつけられる彼の中指がきりぎりの位置で撫で上げてくる――急に湧き上がるように訪れた快楽に――マドカは彼の腕の中で身を泳がせ、声にならない悲鳴を上げ――その愛らしい大きな瞳からは堪えられず大粒の涙が溢れ、士度の舌を再び潤した。
「はっ……んっ……あぁ……」
シーツを掴み白い喉を仰け反らせた彼女の肢体には、海賊船で受けた陵辱の傷跡がまだところどころ薄っすらと浮かび上がっていたが――迫る未知なる快感に火照る全身に身悶えながら涙する彼女の姿は、蠢惑的な倒錯を士度に与え、彼の喉を擦れた音で鳴らした。
淫蕩な水音を部屋に響かせながら指で攻め立てると、マドカの花孔が圧を加えるように彼の指に絡みつき、溢れる蜜が泡のように掌に纏わりついた。
「あっ……あぁっ……あぁ……んっ……っ――!」
消え入りたいほど恥ずかしいのに――海賊船で同じ処を触られて、犯されたときは身の内側から競り上がる吐き気と、針で刺すような痛みしかなかったのに……――どうして……どうして……今は……こんなにも苦しくて、でも心地良い熱が触れたところから私を包むの……――?彼が……彼が……
「……いい子だ、マドカ………もっと聞かせてくれ……」
彼の擦れた声が彼女の腹部に笑うように掛かったかと思うと、彼の親指が彼女の胎にさらにのめり込み、紅く熟した秘芽自身とそれを守る包皮の隙間に徐に指を挿れてきた――
「――ッ!?くっ…ぁン!」
躰を電流が駆け抜けるような甘美な衝撃で仰け反る彼女の柔らかな背を支えながら、士度の太く骨ばった指は濡れた彼女の蜜口を何度も抽挿し、くぐもった水音を鳴らしながら彼女の聴覚をも犯していく――上がる息のなか、時折彼女の目の端を掠めたのは、彼の指に絡まる白くなった彼女の粘液――掻き混ぜられ、泡のように湧きたった――紛れも無い悦楽の証拠。自分でもあまり触れたことのない秘芽が燃えるように熱く、なかから何かが蕩けて出てきそうな感覚に、マドカの躰は痺れとともに弛緩するように力を失いかけたが――彼が残りの指全てで花孔を割ったので、その衝撃にマドカの細い腿が哀れにも痙攣し悶える腰が跳ね上がった――
肉壁の内側で――彼の指の一本一本の節や爪に至るまで象るようにリアルに感じながら――マドカは士度の腕の中で絶頂に啼き、震えた――
自分の腕の中で――小さな甘い声で余韻に鳴き、躰を捩じらせるマドカの潤んだ瞳に――陥落しようとする理性を繋ぎとめるのに士度は必死だった――できることなら彼女のこの柔らかな躰を、咽び泣く声を、濡れた蜜孔を――全て、全て自分のモノにして、力の限り、想いのままに………そう、想いのままに……
「…………………」
「――っ!?ン……ッ……?」
チュクリと音を立てて敏感な突起に再び指が押しつけられ、マドカの身体が大きく跳ねる。
果てたばかりの腰に熱く重く渦巻く熱が溜まり、捌け口を求めて這うようにマドカの身体を駆け巡った。
「あっ……あ…ん……はっ……あぁ……」
身を捩っても緩やかに――諌めるように押さえつけられ、口から漏れることを止めない己の喘ぎ声をマドカは恥じた。
「んぅ…あ…っ……や……士度、さん……もうっ……」
マドカが僅かに身を起こし――これ以上の快楽には耐えられないと彼に縋ろうとしたが、彼の厚い舌が唐突に彼女の秘部を這い――潤むマドカの蜜を味わうように舐めあげた。
「――っ……!?や……やぁ……!!」
彼の舌先は淫靡な感覚に反応している小さな花芽を吸いながら、指で撫でるように少しずつ彼女の膣内へ――浅く深くを繰り返しながらゆっくりと奥へと入っていく――駄目……ダメ……そこは私の……穢れた……――
「だ、め……です……そんな、ところ……も…やめ……っ」
刹那かちあった彼の瞳に、自分の心を見透かされ叱られたような気がして、マドカはビクリと心を竦ませながら口を噤んだ――その瞬間――ピチャリと一際大きく彼の舌が鳴ったかと思うと、揺れる悲鳴のと共にマドカの躰が仰け反り、細い声ばかりで抵抗しようとする力すらも彼の行為に飲み込まれる――腿に伝った浮いた汗が彼女の白い肌を走り、戯れにその軌跡を辿った彼の愛撫にすら身を震わせ喘いだ。
「んっ……!ぁ、あ……や……」
遠くに聞こえる自分の淫らな呼吸――躰から惹き出される淫猥な水音。
閉じることすら叶わぬ口から漏れるのは、自分すら聞いたことのない―――甘い、叫び。
「や……あ、ぁ……やぁ……っ」
過ぎた快楽から逃れるように閉ざしていた涙に濡れた眼を開けて視線を落とせば、開いた脚の間に彼の頭が見えた――その硬い髪が揺らめくたびに――呼吸が止まりそうになる………
「士度…さ……おねが……もう……」
「怖いか…?大丈夫だ……酷いことはしねぇから」
「でも……でも……ッ……ア……ぁ……」
彼の長い舌が縦横無尽に這い回り、柔らかな肉と蜜を絡めていく――花唇を唇で食み、悪戯をするように軽く引っ張ると愛らしい鳴き声と柔い肉の音と共に彼女の花孔が開き、熱の篭ったそこが外気に触れた――意識が――頭から腰に――躰の中心に流れる音を、マドカは自分の悲鳴の奥で聴いた。彼に……喰べられてしまうような錯覚を感じさせるほどに、彼の口腔の歯や唾液や舌や声までも――開かれたそこを通してマドカの胎内に忍び込み――内から眩暈を引き起こすかのようにマドカの身と心を翻弄させる――
「可愛いな……凄く濡れている……」
微かな笑いを含んだ口づけを施すような音が下肢から聴こえ、彼に全てを晒している彼女の躰の上で硬く張った乳房が揺れた。
「士度さん……士度、さん………っ」
もう自分が――どこにいるのかさえ定かではなくなるほどに、マドカの耳には全てが遠く、近く――くぐもって聴こえ、目の前にいる彼の存在をどうしても確かめずにはいられなかった――
「……ここにいる………」
彼の声も――どこか底の方から揺らめいて聴こえてくる――くるくると万華鏡のように回る世界に、躰が吸い込まれそうになる――痺れる躰――水を弄ぶ音――腕を、脚を――時折強く掴んでくる彼の――大きな掌の感触……全てが混ざり合い、一つの感覚となってマドカの四肢に拡散し、斑に飛ぶ淫の熱が彼女の心を鷲掴んでいく。
硬く尖らせた彼の舌に柔らかくなった花孔の躰割れ目から侵入され、熱く火照った内部を彼の長い指でも掻き回されマドカの腰が哀れなほどに跳ねた。
「だ、だめ……ダメ……ぇ……なか、は……」
時折溢れ出す大量の蜜をゆっくりと舌に絡ませる音がして、いたたまれなくなる――熱を放ち、汗と涙に塗れて――熱く猛るこの身ごと海の底に沈んでしまいたいほどに、今の自分は乱れ、浅ましい姿のはずなのに……彼は……彼は……どうして………
「おねが……いです……そんな、こと……まで……ヤッ……」
「綺麗な色をしている……こことかな……」
士度はマドカの懇願を聞き流したようだった――彼女の貌が再び朱に染まるようなことをサラリと言いながら、すでに彼女の味を知り尽くした舌をその愛らしい秘芽に押し当て、包皮に潜らせ――彼女の、一番敏感な肉の粒に愛撫を施すと、今宵一際高い悲鳴が室内を満たした。
「ひぃっ!あ、あぁうっっ!」
最奥から濡れる感触がマドカの下肢に侵食する――言い知れぬ感覚が躰を駆け巡り、躰中の熱が、士度の舌先が弄んでいる秘芯に向かって痛いほど集まってきて……頭が燃えて熔けるように熱くなり、今までに感じたことがない、眩暈がするほどの快感が彼女の躰で暴れて爆ぜた――
腕の中で悶える彼女を何かに堪えるような眼差しで目の端に納めながら、士度はなお、蜜に濡れた紅い宝石のように光る小さな果実を唇で軽く吸い上げて口内へ誘い込み、舌で撫で上げ――身を捩り悶える彼女の秘処からさらなる蜜を溢れださせる。士度の口の中で限界にまでその存在を主張する彼女の快楽の芽が、絶え間なく与えられる快感に抗えずにヒクヒクと蠢いて、彼の舌先にその鼓動を伝えてきた……
弄られたそこに当たる空気すらも針のようにマドカの神経を犯す――
終には蜜口全体を唇で包まれた刹那、力一杯吸い上げられ、マドカの思考を白く染めた。
「やっ……あ、ああッ……ヤッ……やめ、…嫌ッ……ア……!!」
ガクガクと小刻みに肢体を震わせ、その柔らかな躰は彼女の意思とは関係なく淫らに揺れた。しかし彼女がどれほど乱れようと、彼は離してはくれなかった――蜜が溢れてくるその分だけ、それを彼女の躰に還すように撫で、絡め、摩り、彼の腕の中で悶え泣く彼女に本能が奏でる悦予の悲鳴を上げさせ――
「ぁ……んん……っ……士度……さん……士度…さん……っ――!!」
「―――ッ……!!……マドカ……!!」
眼に涙を浮かべ、士度の向かって助けを求めるように――彼の名を呼びながら――そのしなやかな腕を精一杯伸ばしながら――マドカの意識は淫美な感覚に弾けるように墜ちていった――
「……………っ…………」
伸ばされた腕を引き寄せながら、絶頂と共に完全に意識を手放した彼女の濡れた躰を、汗で張りつく己のシャツの上から感じながら――士度は荒い息の中呆然と、白い飛沫を華奢な肢体に浴びた彼女と――自身の掌を見つめた――
彼女は何も気づかなかったはずだ……――
何も……
きっと、何も―――
「士度、様……?」
彼の寝室は――ランプの燈も灯さぬまま、暗闇に満ちていた―――食堂に現れなかった主の為に夜の軽食を持参したブラウは、手にしたトレイをワゴンに置くと、主人の意にそぐわぬように蝋燭の灯りを必要最小限に燭台に点し寝台に近づき、ベッドに身を預けたまま微動だにしない彼をその長い銀髪を垂らしながらそっと覗き込んだ――横になっている彼の表情は、見えなかった。
ブラウの静かな沈黙の問い掛けに言葉が返ってきたのは――蝋燭の炎が風に靡いたときだった――
「………忘れさせてやろうと……思ったんだ………」
――それは低く、誰に話すでもない……哀しみを孕んだ声。
ブラウはそっと、ベッドサイドに置いてある椅子に腰をかけた。
「……それなのに……俺は……最後に………」
彼女の瞳は、声は、腕は、その躰は――“彼”の名を、存在を――確かに求めてきた――
彼にとっての引き鉄は――それが、全てだった――
ブラウの白く広い手が、彼の髪にそっと触れ――柔らかくその髪を撫でると名残惜しげに再び離れた。
「……盛りのついたガキじゃあるめぇし……………どうかしてる………よな……」
自嘲気味な吐息を含ませながら士度はそう呟くと、顔を背けたままその身を完全に寝具に預け――もう何も言わなかった――
「………………」
どのくらい――そんな主を見つめていただろうか――
やがてブラウは動かぬ彼に対して静かに一礼をすると、音も立てずに船長の寝室を後にした――
「……ブラウ?」
部屋に入っても――夜の食事を傍に置いても全くその気配に気づかない程に深く、静かな眠りの中にいたトーンフェーダー嬢の様子を確認してきたロートがそのことを船長に報告しようと歩みを僅かに速めていると――目の前に飛び込んできたのは、いつにない憂慮の面持ちで沈む双子の兄の姿。
「どうした……?」
彼に近寄り、声を掛けると――兄は表情を見せぬまま、その頭を弟の肩口に当ててきた。
「――?ブラウ……?」
兄の肩に手を置きながら、ロートは彼の名を呼んだ――
「……分からない……私には……」
「………!?」
何故、士度様が………――
苦しみを吐露するかのように、ブラウは震える声で呟いた――
兄の胸を締めつける想いを察した弟は、普段は気丈な兄が見せた――“彼”を想うが故の脆さを抱きしめる――
「………ブラウ………大丈夫だ……」
“俺達”がついているだろう……?――
夜の月が銀の双子を静かに照らし出す―――
その月の下で、月を見上げながら、月に見守られながら――
今宵ローレライ号に立つ者達の惑う想いが、彷徨う波のように揺らめいていた。
to be continued....