-side Falke-

彼女の中は、温かい――

つい先ほどまで絶え入るかのように身を震わせ、彼自身を締めつけていたその中も、
息を整えるように微かに揺れる目の前の形の良い乳房も、互いに向かい合って座るような姿勢で彼が手を添えてあるラインが美しい彼女の細腰も――
しっとりと汗ばみ、濡れながらも心地よい体温をファルケに伝えてきた。
ツインテールを解いた彼女の緩くウェーブがかかっている眩い
白金の髪プラチナブロンド)は、今は少し乱れてはいるがそれでも長く美しく女の白い肌を飾っている。自分の砂金髪サンディブロンド)よりもずっと綺麗な色だと、ファルケは鼻に触れたそれを見てなんとなくそう思った。

不意に――彼女の桜色の唇が、うっすらと汗ばんだ彼の額に労わるようなキスを落としてきた。
柔らかな両の手が彼の短い砂金色の髪を深く優しく抱くように撫で――彼女は愛しそうにもう一度、彼の額に唇をあてた――
ファルケと彼女の肌の距離が、また少し近くなった。


「……………」


ファルケはその身を少し伸ばし、それに気付き不思議そうな貌をした彼女の唇に触れるだけの
接吻キス)をすると、自身を彼女から引き出そうと、女の細腰に手をかけた――


「え……?い、いやぁ……っ!!ね、まだ……!」


身を離される動作に女は嫌がる素振りを見せ、――まだ時間はあるんだから……――とねだるように呟きながら両腕を彼の逞しい首筋に絡めることで抵抗する――
おや、とファルケは一瞬不思議そうな顔をしたが、彼は彼女の背中をあやすようにポンポンッ……と叩くと、


「まだ時間があるからだよ……ほら、ちょっと休憩……」


そしたら最後にまたたっぷり――可愛がってやれるからさ……――


な、エルザ?――


「―――ッ………」


そんな事を云いながら最後は耳元で擽るように彼女の名を囁いた。
女の頬は刹那、朱色に染まり――そして彼自身が躰から離れるその感触に彼女の身が耐えるように震え、その白い喉からは切なそうな声が小さく上がる。
ファルケはそのまま身を預けてきた彼女を支えてあげながら腕だけを伸ばし、ベッドサイドに置いてある猫脚の背が高い紫檀の飾り台の上から、真鍮の煙草入れを手にとった。伸ばした彼の右の二の腕には、雄々しく咲き誇る一輪の薔薇と、その下に銃身の先端部を互いに交叉しながら飾られた二挺の騎兵銃が鎮座する刺青が彫られていた。一方、女は彼の上でユラリと身を起こし、同じ台の上に乗っていた灰皿からマッチを手にすると、慣れた手つきで火を灯す――そしてカーテンに閉ざされた窓の隙間風からその小さな炎守るように掌で壁を作りながらゆっくりと――ファルケが口にした紙巻煙草にその燈を移した。香が薄く立ちこめる薄暗い部屋に仄かな火を見つめる二人の静かな貌が幻のように浮かび上がり――
ユラリと揺れて消された燐寸の煙とともに再び周りの色に紛れた。

灰皿を片手に、高く積まれた枕にファルケがその背を預けると、エルザも彼の上から身を降ろしたが――
それでも彼女は彼のほどよく鍛え上げられた胸元に甘えるように貌を寄せ、その白い肢体もピッタリと寄り添うように――彼の肌に触れていた。


この
姿勢まま)でいて、いい…?――


おずおずと彼を見上げながら訊いてきた彼女に、ファルケは燻る紫煙を追いながら小さく頷き、彼女の金糸を戯れに梳いた。
エルザはホッとしたように、彼の胸元に頬を寄せる――その視線はどこか遠くを見つめているようだった。


「……冬の海は、冷たいよね……」


ファルケの胸元に手を這わせながら、少し唐突に――そうポツリと呟いたエルザに、しかしファルケは大して気にする風を見せぬまま、あぁ……――と呟きながら煙草の灰を灰皿に落とした。


「ま、長い航海に出るのは春が来てからだな……今回も野暮用で三日ほどだったしな……」


ファルケはゆっくりと上に吐きだした灰色の煙をその青い瞳で見つめながら、思い出すように応える――エルザの碧眼は彼の顔を見つめていた。


「そりゃ海賊だって寒い海の上じゃ仕事なんかしたくないだろうけど……じゃあ、ファルケは冬の間は何してるの?捕まえる海賊がいないと、奪還屋さんだってお仕事ないよね……?」


「何ってそりゃ……陸の上で仕事してるさ……」


エルザの問いかけにとりあえず返事をしたファルケだったが、彼の薄く青い瞳が片眉を上げながらどこか懐疑的にエルザを見下ろしてきた。
エルザはハッ……と気付いたように目を瞬かせると、今度は少し拗ねた――そしてどこか悲しげな表情をしながらファルケからフイと目を逸らす。


「ち、違うもの……
諜報しごと)じゃないもん……それは白雪ノ館アッチ)でだけだし……私、ただ……」

「――悪ぃ……そうだよな――
薔薇ノ館コッチ)じゃそんなことする必要ねぇよな……」


機嫌直してくれ……分かるだろ?――


「うん……」


ともすると涙を零してしまいそうなエルザの目元を、ファルケは普段は引き鉄に添える武骨な指でそっとなぞりながら少しばつが悪そうな顔をした――
エルザはそんな彼の顔を見上げると、もう一度目を伏せ頷きながらぬくもりを求めるように彼の手に頬をおしつけた。
するとファルケは短くなった煙草を灰皿に押し付け身を捩ると、ベッドにうつ伏せの状態に姿勢を変えた――自然、エルザと彼の距離が近くなり、彼女は嬉しそうに彼に貌を綻ばせた。二人の間にあるのは、燐寸と煙草入れを低い台座のスペースに納めている、青と白の文様に飾られた陶器の灰皿だけになった。

「私ね……ファルケとこうしている時間、好きだよ……?」


ファルケが銜えた新しい煙草に火をつけてやりながら、エルザの優しい声が燐寸の灯を小さく揺らした。


「あぁ、俺もだよ?」


ファルケは人好きのする男らしい笑みをつくり目を細めながら、至極当たり前のように答える――エルザは小さく微笑んだ。
煙をベッドの外に向けて流すために僅かに躯の向きを変えたファルケは気づかなかったが、鼻のあたりを飾る
雀斑そばかす)が女らしさの中に愛嬌を飾るその頬笑みに密やかな哀愁が刹那浮かんで、そして消えた。


「……ねぇ、ファルケにはイイ人、いないの?」


なんだかんだで、ここ数年で六回目位だよね……来てくれるの――

ファルケの薄青の眼を見つめながらエルザが世間話のように問うと、彼の喉から苦笑が漏れた。


「イイ人いたら、俺だったら
娼館こーゆーところ)には来ねぇなぁ……」


灰を落としながらのファルケのそんな言葉に、エルザは意外そうに瞬きをする。


「こーみえても、意外と一途な
性質タチ)なんだぜ?」


煙草の先をジリジリと焼く赤い火を見つめながら、ファルケは自嘲気味に言葉を紡いだ。


「……そっかぁ………」


一途な性質――いつかは彼のそれが向けられる誰とは知れない女性を、エルザは少し羨ましく思った。
彼が自分を抱いてくれるのは、ここが娼館だからで、彼がこの高級裏娼館に来れるのは、彼が仕える御主人様の信頼と羽振りがきっといいからだ――そうでないと、船で砲撃・狙撃を担当する一介の船員であるはずの彼が――
白雪おもて)でさえ貴族や成功した商人や裏稼業人御用達のこの館の門をくぐれるはずがない。今目の前にいるそんな彼は、砂金色の髪、薄青の瞳、無駄な脂肪のない身体つきに、少し陽気な笑顔が似合う男らしい精悍な顔立ち――人好きする雰囲気を身に纏っているのできっと友人も多いだろうし、女にももてるのだろう。しかし高級娼館の門を叩く金を持った男達特有の、全てを上から見下ろすような自負や口調や雰囲気を持っていないファルケは――エルザにとっていつも新鮮で、心地の良い客だった。薔薇うら)の方から声がかかる度に、あの眼光鋭い御主人にくっついてファルケ)もやってくるのではないかと、いつも密かに期待をし――来館した一行がシリウスのメンバーではなかったりすると貌の裏で密かに落胆するほど、彼はエルザのお気に入りの客だった。
それに彼と抱きあうのは――とても気持ちいい。
娼婦プロ)としての仕事をしている自分とは別の自分を、エルザは何故かとても素直にファルケに見せることができた。彼は白雪や薔薇でエルザが相手をする他の客とは明らかに違っていた――
媚びず、粘着せず、邪険にもせず、乱暴なこともせず、冷淡にも扱わず――ファルケは実に素直にエルザを抱く。
互いに肌を合わせている官能のひとときを、ちゃんと
二人で・・・)楽しんでくれる――
それは計算ではなく、彼の、性質。


「ま、
シリウスうち)の連中は……一本気の奴が多いからなぁ……」


だから合うのかもな……――


「………………」


そんなファルケの言葉を聴きながら、エルザはその視線を彼の右の二の腕に移した――前々から気になっていた深く青い薔薇と騎兵銃の凛々しい刺青が、エルザの碧い眼一杯に広がった。交叉する銃と銃の間には、“07”の数字が美しく彫られている。


「ファルケって……もしかして、軍出身?」

「………以前は、な……」


二の腕の刺青をなぞりながらのエルザの問いにファルケは刹那の沈黙の後、抑揚なく答えた。エルザは彼の地雷を踏んだかと一瞬冷やりとしたが、
ファルケは何かを思い出すかのように言葉を続けた。


「……猟兵部隊でさ……俺らの中隊はどこの隊にも負けねぇくらい結束力が高かったし、皆が兄弟のようだった――隊長が良かったからかもな。60名の小規模中隊だったが、隊長は俺らひとりひとりの名前や性格を知りつくしてて、個々の能力を存分に生かした使い方をしてくれたし、それを伸ばすことも教えてくれた……厳しさも優しさも、惜しみなく俺らに与えてくれた立派な人だった――ある作戦で俺らの仕事が認められて、その人が上級大尉に昇進したときの俺らときたら、一国堕としたのかよってほどのお祭り騒ぎで、その延長で60人全員でコイツを彫り行ったんだ――隊長の家名が“
薔薇の家ローゼンハイム)”だったから、この紋様。文句を云う奴なんざ誰もいなかった――ココみたいにヴィラ)じゃないところがまた地味でいいだろ?この刺青こそがローゼンハイム隊の誇りそのものなんだ……俺はガキの頃親を流行病で亡くしちまっててそっから身寄りもいなかったから、俺にとっては部隊の皆家族みたいなもんだった――けど……」


「………………」


いつになく言葉数の多い彼の表情はしかし徐々に翳りが見られ――彼の声に耳を傾け、彼を見つめるエルザの心を不安にさせた。
ファルケはいつの間にか手元にまで灰が迫っていた煙草を、少し乱暴に灰皿に押し付けた。


「大陸での任務で――隊長が消えた。歩哨に立っていた隊員の様子を確認に行く途中で、忽然と消えちまったんだ……――歩哨も隊長に会っていないし、いくら待っても、何日経っても……隊長は戻ってこなかった……。俺らはいくらでも待っていたかったんだが、五日目に急に総員本国に戻された……で、国の機関が仕入れた話が……もう訳わからなくてさ……隊長は国を裏切り、大陸の某国に投降したんだと……。けど、俺らは誰一人としてそんな戯言を信じなかった――軍に諌められようが陰口を叩かれようが、俺らは隊長を信じて、そして真実を暴こうと情報を集めて回った――
そして多かれ少なかれ成果らしきものが見え始めたその頃……そしたら今度は……」


仲間が、消え始めた―― 最初は一人、二人と音信不通になり、そのうち薔薇と銃の刺青をした猟兵の死体が運河や海岸の目立たないところで上がりはじめた。それがだんだんと酷くなって――59人居た部下のうち、連絡がとれるのが一年で35にまで減っちまってた……俺らは国を信じられなくなった――そして無気力でっち上げて全員で辞表を叩きつけて、その後わざと散り散りになった振りをして、さ……。
軍からの監視も無くなった三カ月後、地下に集まって今後の対策を話し合おうってことになって……その日で全てが、終わった――


「―――!?地下……35って……まさか数年前の……?」


数年前の王都の闇夜に突如木霊した爆音と灰色の煙が、エルザの脳裏に蘇った――誰もがベッドから飛び起き、裸足で路に出て高く上がる煙と炎を見上げた王都のあの爆破事件は後の発表で――地下で謎の爆発――身元の判別不能の遺体が三十数体発見される――しかしそれ以上の情報は、後にも先にも終ぞ国民に知らされることはなかったし、記憶には残るが記録には残らない不可思議な事件として片付けられてしまっていた。

「………そういうことだ――俺は刺青の番号は的あてのスコア順で若かったが、歳も他の仲間に比べるとまだ全然若造で……たまたま、連中の煙草を買いに行くことになってあの夜、一人で使いに街に出たんだ――腕に酒と煙草が一杯入った袋抱えて、皆がいるアジトまであと一ブロックってとこであの爆音と煙が……皆、形すら残ってなかったって云うじゃないか……俺には確認のしようがなかったがな――で、ホントに独りになっちまって、仲間の無念を晴らしたくても、隊長の行方を捜したくても、何処の誰に監視されてるか分からねぇから身動きがとれなくなっちまってた……頼る身内もいないし、仕方ねぇから場末の賭場で日銭稼ぎながら糊口凌いで機会を窺ってたとこを、元別部隊の指導者で、隊長の知己だったレーヴェのおっさん……そう、あの……に声かけられて、そっからは、まぁ、こんな感じさ……」


そう最後は自嘲気味に云いながらファルケが煙草をもう一本取り出すと、エルザは先程と同じように火をつけてやる――燐寸に煙草の先を寄せるファルケの顔に視線を流すと、その瞳はいつもよりどこか悲しげに見えた――再び顔をあげ、紫煙を吐き出した彼の眼は――やはり過去と
現在いま)を往復しているようだった。


「……ファルケはまだ……仲間と隊長さんの……」

躊躇いがちに訊いてきたエルザに、ファルケは天井を見つめたまま頷いた。

「あぁ…今は
シリウスコッチ)の仕事優先で、お頭や仲間に迷惑をかけたくねぇって思ってるが……諦めちゃいねぇ――誰が・・)何の恨みで俺らの部隊をぶっ壊したのか、突き止めねぇと俺は………」

再び鋭くなったファルケの眼光にエルザは刹那憂いの眼差しを向けると、彼の二の腕に額をあてた。


「――今のままじゃ、いけないの……?だって、そんなことをしたらファルケはまた………」

「今のまま……か……」


ファルケの視線が煙草の先から流れる灰色の煙をゆっくりと追った――今の、まま……――そう、仲間も、隊長も失って独りになってしまった頃の自分のセカイは朝も昼も真っ暗で……――全てが信じられなくて、全てに怯えていた。国の為、部隊の為、仲間の為に手にしていた銃は、
自分を守る為・・・・・・)だけに肌身離さず身につけていた。素性も、理由も、まだ自分を追ってきているのか探しているのかさえも分からない姿の見えない敵への憎悪と恐怖が、ジリジリと蝋燭の炎で紙を焼くように自分の精神を蝕み、狂気がすぐそこに迫っていることが抗えない真実だった……――そんなどん底から自分を引き上げてくれたのが今のお頭で、その切っ掛けをくれたのが、ローゼンハイム隊長の元先輩で、現シリウスの砲撃隊長でもあるレーヴェのおっさんだった――その前に、自分は後にも先にもないだろう、とんでもない恐動を味わう羽目になったのだが……。


「ファルケ……?」

エルザの髪を撫でると彼女は少し不思議そうな顔をしながらも素直に彼の首筋に顔を埋めてきた――緩やかに流れる金のウェーブを辿ってその下に隠れている白い背に触れると、優しいぬくもりがファルケの指先に伝わってくる。エルザはファルケの耳元で身を捩りながらクスクスと擽ったそうな素振りをみせながら身を寄せてくる――煙草の長さを確かめると、まだ三分の二程残っていた。彼女はコレが無くなるまで従順に待てる女であり
娼婦プロ)だということは、ファルケも良く分かっていた。


「………………」


煙草の煙は白く――そして薄暗い天井に近づくほど霧のように広く淡く引き伸ばされる――あぁ、そういえば……お頭に初めてあったのは、こんな色の霧が立ち込める夜だった……――出会いはホント、最悪だった。





それは裏賭場から出た帰り――視界が十数メートルもないような、珍しい煙霧の夜だった。
ファルケはいざという時に左右から挟まれないよう、自分の左側を家屋が並ぶ通りに沿わすように速足で、秋の丑三つ時の大通りを
ねぐら)へと急いでいた――思い出されるのは、先程裏賭場に届いた、そのときは唯一細々と連絡を取り続けていた隊長の知己レーヴェ)からの暗号メモ。注文したビールを持ってきたとき、賭場の親父がコースターを僅かに弾いて置いた――博打を続けながらソレにメモを取る振りをしコースターの裏を見てみると、


『愛犬が尻尾を振っている。あまり懐かれるな。明日新しい宿を紹介する。前と同時刻にここで。遅れるな』

「―――――……」

国の番犬である軍が再び自分のことを探り始めた――用心しろとレーヴェは云っていた。そして、新しい仕事を紹介するとも。軍の仕事を辞めてから久しいあのおっさんが何故未だにその
内情なかみ)と通じているのかは不明だが、彼に見捨てられた日にこそ自分の年貢の納め時だとファルケは思っていた――それに新しい仕事――仲間のことも、隊長のことも、情報を仕入れるには金がいる。その為なら暗殺コロシ)でもなんでもやってやる……――
追われることで神経がささくれ立っていたファルケがそんな物騒なことを考えていると、不意に――前から複数の足音が聞こえた。それらは急ぎの足音でもなく、かといって夜の散歩を楽しむ音でもなく――規則正しく、石畳の通りを進んでいた。男の足音だ……――と、ファルケは思った。しかも軍隊に所属した経験があるか、もしくは武の嗜みがある男の……――この霧ではまだ自分の顔を確認されていないだろうが、しかしファルケには後戻りすることは許されない選択肢だった。もし仮に……想像通りある程度訓練された者が向こうからやってくるのであれば……ここで踵を返しては、こちらの足音の不自然な動きに向こう側も気づくだろう――そして向こうが官憲の類であるのなら尚更、後戻りすることはこっちを追う口実になってしまう。それなら黙ってこのまま進んで、何食わぬ顔でやり過ごす方が得策だ。

やがて近づく徐々に足音も大きくなり、霧の彼方から浮かび上がったのは――背の高い、三人の男――中央の眼つきの鋭い若い男は不可思議な紋様をあしらったバンダナを額に巻き、洗練された乗馬服に上等な黒いマント、そして頂きに何か動物だろうか――銀の飾りをあしらったステッキを手にしていた。そしてその背後に並んで歩くのは、黒いフードを被った二メートル近い二人の男――夜闇と外套帽に邪魔されて表情こそは見えなかったが、二人ともやけに白い肌をしていることだけはファルケの眼に入った。

三人はファルケの姿が見えてもなんら気にする素振りもみせず、歩調も変えなかった――ファルケも向こう側からやってくる男たちに興味のない表情を装いながら、歩く速さを変えず――そして四人は霧の夜の大通りですれ違った――

そして三人がファルケを追い越したその瞬間――中央の男が歩みを止め首を彼の方へ廻らす気配がし、ファルケの視界には入らなかったがその鋭い視線は確かに――ファルケを捉えた――そしてそれはファルケに走り出す切っ掛けを与えるのに、十分な所作だった。

「―――ッ………!!」

ファルケは反射的に石畳を蹴り、全力で大通りをまっすぐに駆けた。
刹那の間をおいて一人がやはり全力で追ってくる気配がしたが、ファルケはそれに構わず霧の中をがむしゃらに走り――足音を消すために、通り沿いに並んでいた四階建ての集合住宅の庭に垣根を飛び越え立ち入り、そのまま裏へ回ると屋上へと続く非常梯子に手をかけあっという間に昇りきった――

辿り着いた夜の屋上は、良く手入れをされた薔薇や百合が植えてあるプランターが四隅に二重・三重に並べられ――夜にもかかわらず噎せ返るような花の匂いが霧の中に漂っていた。しかしファルケはそんなことには構わず大通り沿いに面した隅に駆け寄り薔薇の垣根に身を隠しながら外套を探ると、背後から磨き上げられた
騎銃カービン)を取り出し迷わず撃鉄を起こした――狙撃銃が手元に無いことを頭の中で悔やんだが、ただでさえ目立ちたくないのにそんなモノを持ち歩いて通りを歩けるはずもない。下を見ると、ややしてファルケが走ってきた方向からバンダナの男と、大柄のフードの男の二人が霧の中から――二人…!?――ファルケは先に追ってきたであろうもう一人の行方を一瞬気にしたが、まずはこの二人の脚をぶち抜き動きを止めることを瞬時に決断する。
奴らは俺を
追ってきた・・・・・)。俺は奴らの顔に皆目見覚えがなかったが、奴らの方で俺を認識したことになる――例の敵にせよ、なんにせよ、コイツらは俺にとって危険な存在であることには変わりない……――動きを止め、何故俺のことを知っているのかを吐かせてから息の根を……――

ファルケの鷹の眼が獲物を狙う野性のソレに変わりバンダナの男に狙いを定め、引き金に力を入れようとしたまさにそのとき――

「―――!!?」

大通りに向けられていた
銃身バレル)に鞭のようなものが絡まり引き上げられ――霧の夜の虚空に銃声だけが高く響き渡った。
そして何の前触れもなくファルケの背後に身も凍るような殺気が――それでもファルケはその殺気を払うが如く身と騎銃を捩ることで鞭と襲撃者の次の一撃から逃れながら、銃床で背後の人物を殴りつけた――しかし銃床が散らしたのは薔薇の花弁で、殺気の主に彼の攻撃は黒い外套を翻すような軽い身のこなしで避けられてしまう――ファルケの攻撃を避けた大柄の襲撃者が屋上の石床にフワリと着地した瞬間、
外套帽フード)が取れ――現れた人物の容貌にファルケは思わず息を呑んだ。
どこまでも白に近い銀髪が夜の霧の中にサラリと流れた――白く端正な貌を飾っているのは、宝石のように冷たく――自分のよりも遥にはっきりと濃く碧く輝くサファイア色の瞳。ファルケがその異形の者を認識し眼を見開いた瞬間、白き人は石床を蹴り瞬く間にファルケの間合いに入ってきた――「――ッ!!」――射撃の体勢を取る間すら与えられず、ファルケは与えられる最初の一撃での致命傷を避けるために銃を両手に一文字に構えたが、無機質に煌めく剣がファルケの目の前で垂直に一閃――振り下ろされたかと思うと、彼が手にしていた騎銃は真っ二つに破壊された――ファルケがそれを認識する前に、二つに割れ弾け飛ぶ騎銃の間からは間髪いれずに
直刀剣スクラマサクス)グリップ)が繰り出され、彼の額に一撃を見舞った。
脳内に星を飛ばしながら石床に叩きつけられ――次に眼を開けたときに飛び込んできたのは
十字短剣スティレット)の鋭い切っ先。
たとえ反射的でもあと数ミリ頭を動かしていたならば、もう二度と狙い撃ちはできない身体になっていただろう――完全に石床に縫い付けられ身動きが取れないファルケを見下ろしてきた、あの碧い眼の冷たさは、忘れない――シリウスのメンバーになった今でこそ、静かに微笑むブラウの姿を目にしたり、共に闘い、平素は軽口も叩きあう仲ではあるが、あのときは――奴さえ殺ろうと思えば、こっちは確実に殺られていた……――

「よせよ、ブラウ――俺はソイツと“ソイツの眼”が欲しんだ」

ややしてそんな静かな声が霧の奥から聴こえてからようやく、ブラウと呼ばれた男は次の動作に移った――十字短剣をファルケに突きつけたまま、彼が踵や懐に隠していた短刀や小銃等の武器類を全て取り上げ――手が届かない様、それらを屋上の隅へと滑らせた。そしてファルケはブラウに腕を取られ、後からやってきた乗馬服の男の前に両膝を突く形で引き出された――自分とそう歳も変わらない――しかしどこか常人とは違う雰囲気を醸し出している額にバンダナを巻いた体格の良い男が、額から微かに血を滲ませるファルケを物珍しそうに見つめてきた。

「……ローゼンハイム隊の、ファルケか?」

「―――ッ!?なんで俺のことを――ッ!!」


相手の台詞に激高し――もしかしたら、コイツこそが今まで探していた仇かもしれない――目の前の男に掴みかかろうとした瞬間、ファルケは背後にいた碧眼にもの凄い力で肩を下に押し戻され、膝頭石床に再び打ちつけられた。

「〜〜〜ッ!!お、まえら……が……隊長や仲間を……!!」

ブラウに首根っこを掴まれたままであったが、それでも修羅のような眼差しでファルケが男を見上げると、バンダナの男の細い眼に不意に哀が差した。

「……
先生・・)の行方は、俺も探している――ま、今日はレーヴェにお前の話と人相を訊いて、一足先にツラ)構えだけでも拝みにいこうを思った矢先にバッタリと……しかしアレだけで逃げ出すなんて、お前も相当参っているようだな?」

「〜〜〜!?アンタ、いったい………」


先の言葉の憂いを打ち消すかのように語られた後の言葉も、ファルケを大いに混乱させた――この若造が、明日レーヴェが紹介してくれようとしている仕事の相手だというのか……?それに隊長のことを「先生」と云った――となると、コイツは……――

「――明日、遅れるなよ?」


少し笑いを含んだその声に気がつくと、いつの間にか自分の腕の拘束は外され、碧い眼の男は再びフードを被り、踵を返したバンダナの男を守るようにその後に続いていた。

「――!!ま、待てよ!!まだ……!?」


話は終わっていないと――ファルケはバンダナの男に叫びながら先程隅に飛ばされた小銃を手にしようと三人から視線を離さぬまま手を伸ばしたが、それまで黙って控えていたもう一人のフードの男が僅かに動き――夜の霧の中でフードの奥からファルケを睥睨した――それは充分戦慄に値する、血のように紅い悪魔のような瞳だった。紅眼の男は硬直し動きを止めたファルケに静かに向かい合い、ユラリと黒い外套を揺らした――その下から僅かに見えたのは、銀に光る鋭いカタールの刃。


「――ロート、ほっとけよ。明日また、会える……」


霧の奥から再び聞こえてきたバンダナの男のその声に、紅い瞳の男は無言のまま従順に戦闘の構えを解き、ファルケから視線をフイと逸らすと、先の二人と同じように霧の中へと消えていった――

「……なんなんだよ………」


屋上から人の気配が消え、ファルケは脱力したようにその場にへたり込む――霧の中で踊る薔薇と百合の濃い匂いがファルケにさらなる眩暈を誘い、彼はそのまま石床に大の字に仰向けになり霧の向こうの夜の闇を見詰めた。


先生の行方は、俺も探している――


あの若い男はそう云った――あぁ、それだけで、十分じゃないか――俺以外にも、隊長を想っている人がいた――生きていると信じている人がいた――それだけで、十分じゃないか………

霧の冷たさが眼に沁みたのか、ファルケの目元に温かい滴が伝った。
仲間が死んでから許されなかった安堵感が、本当に久し振りにファルケの心を撫で上げた。
――その事実が妙に歯痒かったが、恐怖と安堵を共に叩きつけてきた不思議な男の存在に、隊長に感じていたのとよく似た引力を感じ、それに魅かれた事実も――心の奥底で蟠っていたファルケの氷塊をゆっくりと溶かしはじめていた。






手元でほとんど灰になった煙草をエルザはファルケからそっと取り上げ灰皿に戻すと、それも飾り台の上にコトン…と置いた。そして彼の上に身を乗り上げながら触れるだけの優しいキスを唇におとすと、彼からも同じキスが返ってきた――二人はクスクスと笑いながら、戯れあうように唇に、頬に、額に、バードキスを繰り返し――やがてファルケの武骨な指がエルザの白く豊かな乳房に愛撫を与え、時折その先端の実に唇を寄せると――エルザの喉から快楽に耐えるような切ない声が上がった。彼の片手はエルザの濡れた秘処にも辿りつき、ファルケの上で身悶えていた彼女の躰がビクリと――何かに怯えるように跳ねた。そして彼女は淫蕩な熱に犯された声で、それでもファルケの唇の先で囁くように――彼の首筋に腕を回しながら呟いた。


「ファルケには……ッ……復讐とか、仇討とか……似合わないよ……」

「………………」

彼の指は無言のままエルザの愛液が滴る場処をゆっくりと掻き回し、彼女の唇から火照った吐息を引き出した。


「……んッ……早く……イイ人、みつけてさ………きっといいパパにもなれる……よ……」

「……俺が、親父にねぇ……」


ファルケの唇が皮肉気に曲がり自嘲気味な声が漏れた――エルザはそんな彼の唇に手をあてながら、「娘なんかできたら、溺愛しそうだよね……」――と、薄らと汗を掻きながらも慈愛の籠った頬笑みを彼に向けてきた。


「……そーゆーお前はどうなんだ……?早くこんなトコから出ちまえよ……身請けでもなんでもしてもらってさ……」


――イイ躰してんだから、別に難しいことじゃないだろ……?

「――ヤッ……!!ソコ……ッ……!!ン……ッ」


少し意地悪くそんなことを云いながらファルケが彼女の秘核を剥き擦り上げたので、彼女は彼の問い掛けに答える前に背を弓形に反らせて快楽を逸らそうと頭を振った――しかしファルケは彼女の手を取り少し強引に自分の方へ引き戻すと、エルザから言葉を引き出そうとでもするかのように、こじ開けるような短い
接吻キス)を彼女に見舞う――そのまま下肢を指で荒々しく犯され悶えながら、唾液に濡れた彼女の形の良い唇が、戦慄くように言葉を紡いた――

「わ、たし……父が貿易商だったんだけど、船、嵐で一隻沈めちゃって……お客さんへの補償は保険でなんとかしたけど……ン……結局……無一文になっちゃって……でももう一隻、大陸に向かって商売したら、元に戻るって頑張ってた……そしたらその船……海賊に襲われて……父もそのとき殺されて………独り残ってた私は、屋敷ごと売りに出されて、ね……十四のときからもう六年もこんな仕事してるけど……商船一隻分のお金なんて、私の躰ひとつでいつになったら払い終わると思う……?こんなにも弄られて、借金塗れの躰をさ……一時の玩具ならともかく――身請けしてまでずっと使おうなんて……酔狂な貴族様だって思わないよ……ッ……!!アッ……ファルケ……!ファルケ…!!」


なんの前触れもなく――ファルケの硬い怒張がどこか苛立たしげにエルザの胎内に捩じり込まれ――彼女は啼きながら男に縋りついた。
しかし乱暴な、噛みつくような接吻と共に彼女は体位を入れ変えられ――褥に沈められると、そのまま激しく欲望を叩きつけられた。
脚を限界にまで広げられ、隠すことも許されず、全てを曝け出す
体位かたち)で――


あぁ、鋭く綺麗な
ファルケ)の眼が私を視てる――今は、私だけを……私だけを……その青い眼にいれて……こんなにも昂ってくれている……


酷なまでに揺さぶられ、喘がされ――それでも硬く張った彼自身が与えてくれる浸淫な感覚に呼吸も忘れそうになるほどに溺れることに酔って――彼の肉塊を、皮膚を、肌を、吐息を――この穢れた躰はこんなにも貪欲なまでに求めている――繋がる部分から漏れる、互いの性器と淫液が絡まりあう猥らな水音も、無言のファルケの喉から零れる少し早くなった呼吸音も、内側を彼自身に乱暴に擦られて突かれて啼かされて――それに悦ぶ躰が上げる嬌声も――すべてが、今、彼と一つになっている尊い証で……私が何よりも求めるモノで……そして永遠に手に入らない、モノ――


「アァ……!!ファルケ……!!――お願い……ファルケ……一番奥に――ッ!!」


身も世もなく泣きだすようにエルザが淫悦に身を捩じらせ身悶えながら叫べば、ファルケに荒々しく躰を起こされ持ち上げられ――そのまま串刺しにされるような姿勢で彼の白い迸りを彼女は躰の最奥に注がれた。

「ア……ァ……ッ……」


ファルケが自分の中で脈打っているのが分かる――エルザの躰が揺れて快楽を逃さぬよう、その武骨な手で彼女の腰をしっかりと抑えつけながら、彼はすべてを吐き出した。収縮し、絡みついてくる彼女の肉壁の温かさは心地好い眩暈を誘う――そのままの姿勢で陰核の裏側に指を潜り込ませるとエルザの腰が逃げを打とうとしたが、ファルケの腕力はそれを許さず、彼は抵抗する彼女に構わずそのままソコに抉るような刺激を与え続け――涙を流し身を大腿を震わせながらもうやめて、許してと喘ぎながら乞うエルザの姿を青い眼におさめながら、やがて天を仰ぎ躰を強張らせ達する彼女の姿を愉しみ――その蠕動する膣内で再び力を取り戻す己の分身に苦笑した。


「まだ……熱いよ………?」


エルザも苦しい息の中、ファルケの頬に火照った手をあてながら身を繋げたままクスリと微笑んできた。


「――冷ましてくれよ……今日は色々と思い出し過ぎて……」


頭ん中も焼き切れそうだ――


ファルケは眼を瞑り、エルザの乳房に貌を寄せながら溜息混じりに呟いた。するとエルザの眼が柔らかく細まり――
彼女は胸元のファルケの頭を優しく抱きしめ、彼の耳元で囁いた。


「嬉しかった……ファルケが自分のこと、話してくれて……」


ねぇ、また……来てくれる……?――


どうだろなぁ………――


そんなことを戯れるように言の葉にのせると、二人は貌を見合わせ微笑み合い――やがてどちらともなく唇を合わせ、

今宵一番長い、キスをした。


そしてエルザの瞳から音無く零れた一滴の涙をファルケの武骨な親指が優しく拭い――

彼は震える彼女を何も云わずに、強く――強く――抱きしめた。





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