Have a Tea break on Christmas Day...
〜クリスマスにお茶を〜


「贅沢よ。」

「……そうかしら?」


友人である朱実の少し呆れたような言葉に、マドカはやっぱり少し不満そうに首を傾げる。


「そうよ♪イヴやクリスマス当日に彼氏彼女と朝から晩まで一日中過ごせる人なんて実際はざらにいるものじゃないわ…!」

――夜にはちゃんと帰ってくるって言ったなら、それでいいじゃない……

そんなことを言いながら美夕は、今日はお供の盲導犬が風邪で休業中のマドカの手を引きながら、並んでいる列を数歩進んだ。


「そうね…!私みたいに彼氏がいても、イヴも当日も仕事に彼を獲られて…夜はTV電話で愛を育むしかない人もいるのよ?」

――彼は今頃パリで朝を迎えてリハーサルの準備かしら…?


真由子のどこかウットリとした愚痴に、朱実と美夕が高い声でブーイングを送る――美夕の腕に手をかけながら、マドカはやはりどこか釈然としない思いで今朝の絶望的な気分を思い出してみた――


イヴの日はクリスマス・コンサートが入ってしまっていて……
それまでのハード・スケジュールが祟って、ヘトヘトになって帰宅して……
それでも夜はせめて士度さんとロマンチックなひと時を過ごそうと思っていたのに身体が疲労と睡魔に負けてしまって――
いつどこで眠りについたのかも分からないまま、今朝気がついたら自分はベッドの中で目が覚めていた。
そして昨日のことを彼に謝ろうと着替えもソコソコに彼の部屋を訪ねてみたが、部屋は既に蛻の殻。
そのことを執事に訊いてみれば――

――士度様は今朝のジョギングから帰られた途端、屋敷の前で待ち伏せをされていたヘヴン様に捕まってしまわれまして……――
――お気の毒にせっつかれながらスーツ姿でお出掛けになられました……何でも急なお仕事とかで……――
――夕食の時間には間に合うようにお戻りになられるとのことでした。お嬢様へのお声は“疲れているだろうから”と遠慮なさって……――


「…………」


二人でクリスマスの雰囲気で賑わう公園に行ったり、カフェでお茶をしたり、今年はお互いのプレゼントを一緒に選んだり……夢見ていたクリスマスの予定がサラサラと砂が風で流れて消えるように白紙になり、午後になってマドカはしかたなく――音楽院の同期達に誘われていた“女達のお茶会ver.クリスマス”に参加することになってしまったのだった。

……彼が今日のような西洋のお祭に疎いのは知っているけれど……それでも去年はちゃんと贈り物を交換して、一緒に過ごせたのに――

――士度さん、忘れちゃったのかな……恋する人達にとって、クリスマスは特別だってこと……


左手の薬指にはめた銀の指輪に触れながらどこか哀しそうに目を伏せたマドカの姿に美夕はギクリと身を強張らせ、そしてそんな彼女にわざと明るく声をかけた。

「マドカ!ほら、やっとショップのコーナーに入れるわよ…!彼氏へのクリスマスプレゼントを探すんでしょ?」

――あとは名前を呼ばれるまで待つだけだから……

美夕の言葉に少し気を取り直したように顔を上げたマドカに、朱実も真由子も思わずホッと溜息を吐く――
三人とも彼女の彼氏は以前タクシーから窓越しに遠目で垣間見たきりだったが――この盲目ながら世界的なバイオリニストかつ旧知の間柄である彼女の昨今の話からしてみれば、どうも彼女は彼氏にかなり心奪われているらしく――

「……しかし、完全予約制にも関わらずこの混雑とは……ね……」

今、野暮な話はしない方が良かろうと、朱実はオリジナルデザインの文具やアクセサリーが並ぶ人混みでごった返した店内をざっと見渡しながら小さく口笛を吹いた。


「凄いわねぇ……それにしても、立地もパティシエもお値段もサービスも一級品のカフェはブティックも流石ね……しかもクリスマスとなると……」


真由子がチラリと視線を流した先には女性客達の溜息が――そこには冠羽が愛らしく流れ、チークが光の加減で紅色に輝く珍しいダイヤで飾られたインコだかオウムだかのペンダント。――その可愛い丸いおめめはブラック・ダイヤ――しかもそのガラス・ケースの中には既に「御売約済み」の深い朱色の文字が。

「……やっぱりあんな頓狂な値段のアクセサリーも売れるのね♪」

美夕はクスクスと微笑みながらマドカにペンダントの説明をしてあげた――すると、曇りがちだったマドカの瞳が愛しそうに輝いた――


「インコやオウム……士度さんも好きだわ……!」


男の人でも使える、鳥さんのアクセサリーはないかしら?――


マドカの一言に、三人の気の良い友達はそのカフェのブティックに忙しなく目を走らせた――そして間も無く――朱実がマドカをとあるショーケースへと導き、店員に中身を数点出して貰った――マドカは嬉しそうに微笑し――その一点一点に形を記憶するかのように触れながら、真剣に彼への贈り物を吟味した。
そんな彼女の姿にアドバイスを与えたりしながら、優しい姉貴分達は彼女の恋を心密かに応援した。










「なにぶん、店内が広大なもので……」


「……………」


立ち襟の白いシャツに長い脚を引き立てるギャルソンエプロンを身に着けた士度は、その店のオーナーにブロックとテーブルナンバーが書かれた地図を渡され、なるべく目立たぬようにと前から後ろから小型のイヤホンとマイクをその身にセッティングされ――いつにない自分の給仕姿も然る事ながら、同じく手渡されたカンニング・ペーパーに並ぶ言葉と“跪いて”の指示語に、彼は無い眉を寄せたようだった。


「……“お待たせいたしました”?“ご注文は……いかがなさいますか”……?」


「もっと明るい声を出してください、冬木様……!」

店のオーナーが大袈裟な身振りと共にいかにも模範的で高級な声を出してみせた。


「…………」


銀次や蛇ヤローじゃあるまいし……――

士度は思わず訪れた頭痛にその身を任せてしまいたい気分だった――クリスマスの朝、ジョギングから帰るなり仲介屋にせかされ、シャワーを浴びるや否やスーツに着替えさせられ髪を上げられコロンを振り掛けられ――

――仕事だから、上手くいけば夕方までには帰れるから、昨日GBの連中が失敗してクビになって…もう後がないのよ、私の信用問題にも関わるのよ報酬弾むからお願いっっ!!――

――そう言われて無理矢理連れてこられたのは、都内の一等地に最近オープンしたという話題の高級カフェ。その売りはそのノーブルさと限定デザインの高級グッズを販売しているブティックと――何より、熱帯植物を育てる広大な温室をコンセプトにした店内、美形揃いのギャルソンによる最高のサービス、そしてそこで飼育されている鳥達と望めばじかに戯れることができるという、いかにもセレブ達が好みそうな趣向が最大の目玉だった――

クリスマス当日に、しかも朝っぱらから唐突に士度の元へ舞い込んできたそんなカフェでの仕事は、“盗まれたテーブルウェアを奪り還せ”――
――なんでも、このカフェが客に出しているケーキ皿や小冷のグラスに至るまで――全てが時価数万のアンティーク物で、それを目当てにした泥棒が客として入り込み――いつの間にやら高級食器の被害総額は数百万を越え、広い敷地内で起こったこと、直ぐには気づかれないことをいいことに最近はテーブルの装飾具までくすねる始末だそうだ。
私服警備員もまるで役に立たず、業を煮やしたオーナーが奪還屋に依頼してみれば――たまたま身体が空いていたGBはスマートな給仕はできず、女性客を値踏みするような視線にクレームがつき、奪還する前に食器を新たに数点割り自身の借金を増やし、挙句の果てにはなんでも“しりとり”が得意な看板オウムとルールを巡って大喧嘩――彼女持ちの奪還屋にイブの仕事は酷だろうと気をきかせた仲介屋の目論見が裏目に出た結果、クリスマスだというのに士度が狩り出されてしまったのだった――


昨夜の仕事できっと疲れているだろうと、マドカには声を掛けずに出てきたが――アイツきっと、怒っているだろうな……


――泥棒野郎をさっさと捕まえてとっとと帰らねぇと……


クリスマスを二人で過ごすことに拘っていたマドカが可哀想だ――そんなことを考えながら、オーナーの大仰な見本声の中、カンペ片手に相変わらず眉をよせている士度に、ヘヴンが徐に口を挟んでいた。


「……士度くん、“凄く偽善的な声”でそのセリフ言ってみて?」


「………偽善的?」


ヘヴンのその言葉に、士度もオーナーも、周りにいた他のギャルソン達も、一瞬絶句したがそれでも――「ほら、早く帰りたいでしょ?」――そんな彼女の一言に、思いがけず西洋の給仕の格好をさせられた青年は図らずとも自分なりに精一杯――“偽善的な声”を出してみた。


「……“お待たせいたしました”」


「―――!!トレビヤーーーン!!」


それそれ!!その声、その調子です冬木様!!――オーナーは踊りださんばかりに喜び、他のギャルソンからも思わずパチパチと拍手が漏れた――「やればできるじゃないですか、冬木さん……!!」「こんなソフトで漢らしい“偽善”なんて初めて聞いたよ……!!」「これなら女性客もウットリだ……!」「……!!耳まで犯されそうだわ!!」「ほら、やればできるじゃない、士度くん!!」


「…………(もう帰りてぇ……)」


そんなこんなで士度が一人脱力するなか、最後はその凛々しすぎる眼光を和らげる為だとかで金縁伊達眼鏡をかけさせられて――士度は目下のところは泥棒探しと獲保の為の店内パトロール、ただし混雑時間帯のピークは一人ブラブラしていたら客人達に怪しまれるので給仕に参加という算段と相成った――さらにオーナーとギャルソン達を驚かせたのが士度の鳥達とのコミュニケーション能力――彼が一度口笛を吹き、一言二言教えた言葉を――もともと言葉を話すことが得意なインコやオウム達は、得意満面にお喋りを始めた。教わった新たな言葉、“ドロボウ”という単語も、開店前の店内に響くような甲高い声で口々に連呼する。


「よし、お前ら……食器を鞄の中に入れた奴をみかけたら、その言葉で教えてくれ……」


甘えてくる鳥達にさほど大きくもない声で語りかけると、温室中から返ってきたのは可愛い奴らの元気なお返事。

これで準備は整った――後は開店後、泥棒を待つだけだ。


少しきつく感じる襟元を気にしながら、士度は腕を組み小さな溜息を吐いた――


「その格好、似合うわよv」


仲介屋の暢気な声が、今日はやけに頭に響いた。










「ゴメン、士度さん……!!Bブロック14番テーブルの御新規様に誰も手が回らないんだ!!サポート頼みます……!!」


「……了解。」



ついにやってきた……仕事とはいえ、こんなところで人生初給仕とは。
広い温室を縦横無尽に行きかう通路の両脇に熱帯植物に囲まれるようにして並ぶテーブルがどこも一杯になりはじめても、自らの存在が客人たちの目に入らないように士度は巧みに観察を続けていたわけだが、正午を数時間過ぎ、お茶の時間になる頃にはとうとうプロのギャルソン達の手も一杯一杯なのが目に見えて分かるだけに――ついにやってきた(本来の仕事の妨げになるような)こんな要請も跪こうが何をしようが断るわけにはいかない――士度の肩に看板オウムのコンゴウインコがその鮮やかな翼を広げて舞い降りてきてきた――そしてもう一方には、頬をオレンジに染めた黄色いオウムが。二羽とも歌を歌うように囀りながら、士度の肩の上でご機嫌だ。そんな新しい友人達に心洗われながら、士度は不意の仕事に専念することにした――


(Bブロック……14番テーブル……!?!?!!?)



これほど盛大に心の中で舌打ちをしたのはいったいいつ以来だろうか――
蒼くなった士度の気配と顔色に、二羽のオウムは彼の両肩で首を傾げて彼を覗き込んだ。
士度は一度大きく深呼吸をして一歩を踏み出した――
仲介屋が教えてくれた自分の“偽善的”な声を使う場所が、こんなにも身近でこんなにも早いものになるとは――そして役に立つことを願う自分がいようとは、思ってもみたくもなかったのだが――今回ばかりは祈らずにはいられなかった。







「その兎さんみたいなハイネック可愛いわね〜vv」


「ありがとう……彼が選んでくれたの………」


「マドカ赤くなっちゃって…!!可愛いんだからっ!」


「ねぇねぇ、このケープも!?」


「そうなの、彼が初めて見立ててくれたもので……」


「あらぁ、今日はともかく、いい彼氏じゃない……!!」


「えぇ……とっても優し………!?」



クリスマスプレゼントは見つかった――士度さん、喜んでくれるかな……――やっと席にもつけて、彼が選んでくれた洋服を皆が褒めてくれて……――最初は曇っていたマドカの表情が、やっぱり彼の話題で再び明るさを取り戻したそのとき――不意にマドカの鼻を擽った、かぎ慣れたコロンの匂い……。

「あ、ギャルソンさん来た来た……ワオ!」


思わず黄色い声を出した朱実に、マドカは愛らしく首を傾げた。


「肩にオウムだかインコだか二羽も乗せた朱実好みの背が高い紳士なのよ、マドカ!!」


ガタイに似合わずかけている金縁眼鏡がまた素敵なの!――美夕も微笑を隠せず向こうからやってくるギャルソンに黄色い声を上げる。


「確かに美丈夫ね……頑丈そうだわ。それにしてもオウム……」


良く馴れてるわね〜v――真由子も開いていたメニューよりもそちらが気になるといった風にオウムと給仕に対して熱視線を送っている――


「………?」


あれあれあれれれ………?

こんなところで士度さんの気配を感じるなんて……給仕さんが彼と同じコロンをつけているからかしら……?
士度さんに会いたい、今日は一緒に居たかったって……あまりにも焦がれ過ぎているから……?

そんな自分にマドカが頬を染めたとき、決して機嫌の良い顔をしていない給仕はとうとう彼女達の目の前にやってきて自然な動作で跪き――


「……“お待たせいたしました”“ご注文はいかがなさいますか?”……」



「〜〜〜〜〜〜!!!???!?!?」


マドカの顔が炎の如く燃え上がり、彼女の口から声にならない悲鳴が聴こえたように感じたのは――他でもない士度自身で。

しかしマドカの連れの三人は彼女の気持ちなどいざ知らず、彼女達の目線はメニューかギャルソンかオウムに注がれていた。


「あ、私は……モンブランとパッションアイスフルーツティーを。」

「それじゃあ私は……キルシュタルトとブルーベリーティーにするわ!」

「私には……タルトタタンと栗の紅茶をください。」

「……………」

「あら、ちょっと、マドカ……?どうしたの?顔が真っ赤よ?注文は?」


さっき言ってたじゃない、食べたいものがあるって……――朱実の声にマドカはやっとのことで我に還るが――耳が、身体が――あまりにも唐突な状況を把握しきれず、胸の鼓動が嘘みたいに鳴り響き――メニューを口にする思考なんて働きもしない――マドカは友人達が訝しがるなか、絶句したまま――終には――


「あ、あの……“おまかせ”でお願いします………」


――あらあら……?――こんなところで“おまかせ”は無理よ――もう少し時間を貰う?――


急に戸惑いの中に迷い込んでしまったマドカに、友人達は心配そうに声を掛けたが――


「……“かしこまりました”」


「………ッ!!」


オーダーを取りにきたギャルソンの口から一呼吸置いて飛び出してきた静かな声にマドカの心臓は再び跳ね上がり、三人の友達は不思議そうに彼女を見やった。一方給仕はコツコツと足音を響かせながら何事もなかったかのようにその場を去っていく――



だって……だって…士度、さん……?――


マドカの神の耳が拾ったその声は、初めてだけど初めてではない、そんな音色で――良く知っている大好きな声が、まるで仮面でも被ったかのように変化して――マドカの躰にゾクリと快感をもたらす、魔法の声……――



(普段は……そんな優しくて柔らかい音……出さないから……でも……)


でもきっと――


――士度、さんなの……?



<シリトリ――!!>

「―――!!?」


どこか熱に浮かされたような心地のなか、マドカのそんな変化に不思議そうに顔を見合わせる友人達がもう一度口を開くその前に――不意に響いたのはあの給仕の肩に乗っていたコンゴウインコの声。
朱実や美夕や真由子は、思いがけずに戻ってきたその色鮮やかな大型のオウムに歓声をあげ、「しりとりできるの!?」「しよ、しよ!!」「私結構得意よ〜vv」――と先程の妙な空気を吹き飛ばして既に戯れる気満々のようだった――


「…………」


温室の向こうに消えてしまった“声の主”の気配を気にしながらも、促されるままにマドカも遊びに参加することにした――

こんなときも、やっぱり思う――“彼”が、隣にいたら………――


彼女の揺れる心を覗き込むかのようにシリトリオウムは目を真ん丸くさせて下からマドカを見上げてきた。
“心配しないで”――そう自分に言い含めるように微笑みながらそのオウムを撫でてあげようと伸ばした手は、
“危ないわよ?”――そんな誰かの一言と共に捕まれてしまい、頭を差し出してきていた新しい友人まで届くことはなかった――




「モンブラン……パッションなんとかアイスティー……」

<キルシュ!!キルシュ!!ブルベリーテー!!!>

「……タルトトンだがタタンだかと……栗の紅茶……復唱は無理だ。」

<上等!把握したよ!!>


士度と一羽肩に残ったオウムのコンビネーションのオーダー内容に、マイクとイヤホンの向こうの厨房から感心したような声が返ってきた――士度はとりあえず安堵の溜息を吐く――


「あぁそれと……“おまかせ”と言われたんだが……」


恐らくは自分の声を出現に驚いて二の句が告げなかったのであろうマドカを気の毒に思いながらも、きっともう少しの辛抱だと自分に言い聞かせながら士度はもう一度マイクに声を発した。


<おまかせ?じゃあ決めてください!今すぐ!!>

「今すぐってな……」

少し笑いを含んで返ってきた言葉に、士度は刹那絶句する――ケーキの名前なんざすぐ出てこない――紅茶だって……あぁ、けれど。


「……ショートケーキと、イランイランを頼む。」


<了解ッ――運ばせるよ、ご苦労様!>


「…………」


――士度はもう一度溜息を吐き――そして少し落ちてきた前髪を書き上げると、金縁眼鏡の奥の瞳を刹那和らげ――そして再び警戒を続ける為に、温室の奥へと足を運んだ。








「か……か、カカシ!」

朱実のムキになった声に他の三人がクスクスと笑う――


「もうそろそろネタ切れね……あら?別のギャルソンさんが運んできたわ……」


ちょっと残念かな……――真由子が眉を八の字にし、給仕がケーキの皿を置いている間も、美夕と朱実はオウムとシリトリの真剣勝負。
一方マドカは期待半分不安半分だったので――だって、あの“声”はとてもじゃないけれど心臓に悪すぎる――やはり真由子と似たりよったりの顔をしながら、落ち着かない気持ちを押さえ込んでいた。


「………最後にこちら、ショートケーキとイランイランティーでございます。」


ケーキ皿をマドカの前に置いた給仕の言葉に、マドカの心が再びトクンと跳ねた――


(イランイラン……心を落ち着ける為の……)


いつかマドカが――不安定な士度の心の為に、淹れてあげた思い出の紅茶――彼が美味しいって言ってくれて……


「あらぁ、ショートケーキって……苺大好きなマドカにぴったりじゃない……!!」


朱実が早く食べてと煌めくケーキを覗き込みながらマドカの頭をヨシヨシと撫でてきた――


マドカが恥ずかしそうに頬を染めるなか――不意にオウムが何かに気がついたようにその鮮やかな身を人知れず精一杯伸ばすと――彼女達のテーブルの斜め向かいの席をジッと凝視し始めた――


<シ………>


「……?なぁに?今度は“し”だっけ?」


美夕が急に声を発したオウムに笑いながら話かける――


<……ド>


「“ど”?……“ど”だったかしら?」


真由子が疑問符を顔に貼り付け、マドカが思わず音となった彼の人の名前に驚いたように目を瞬かせた次の瞬間――


<ドロボウ!!!ドロボウ!!!>


「「「「〜〜〜!!!?!?!??!!!」」」」


彼女達の目の前にいたオウムはそう絶叫するやいなやその大きな翼を広げて舞い上がり――ビクリと驚愕を隠せぬままちょうどワイングラスをしまったばかりの小型のスーツケース片手に席を立った、彼女達のテーブルの斜め向かいの席に陣取っていた男に突進していった。


「―――!!??!!!?!?こ、コイツ何を!!!???」


大型のオウムの鋭い嘴でいきなり突かれ、足で引っ掻かれ――サングラスとスーツ姿に小さなスーツケースを小脇に抱えた男はオウムに追われながら通路に踊り出た――そして逃げるが勝ちといわんばかりにその一方通行の狭い路を走り出したのだが、ほぼ同時に店内の彼方此方から聞こえてくる<ドロボウ!!!ドロボウ!!!>と叫ぶ鳥達の絶叫、そして急に襲われた“仲間達”の慌てふためく声・声・声――


「〜〜〜!!???!!!何なんだこの店は!!!?」



大人しくしていれば可愛い鳥達の凶暴なまでの豹変振りに男はスーツケースを振り回し威嚇をしたが、そんなことをしていると一歩も逃げることなんざできやしない――そして次の瞬間、男の身を凍りつかせるような鋭い笛の音が聴こえたかと思うと、店中の鳥達がパッと四方に散らばり――向こうの方から仲間の高い悲鳴が聞こえてきた。





「―――いたのか!!」

士度がコンゴウインコの声に振向いたと同時に、店内の他の場所からも緊急を知らせる声が店内に響き渡り、小鳥達が次々と異変を士度へと知らせてきた――士度は今居るポイントと店内図を重ね合わせ、さらに鳥達の彼を呼ぶ声と泥棒連中の叫び声から騒動が起こっている場所を瞬時に把握すると、


「A-5、D-16、E-7辺りに向かってくれ。こそ泥連中がいるはずだ――俺はB−14付近を確認する!」


彼は襟元のマイクに向かってそう指示をだし、獣笛で鳥達に次のアクションの合図を送ると――自分は一目散にBブロックの方へと駆け戻っていった――

邪魔をさせるわけにはいかない。

いつも忙しいマドカが安らぎを求める、彼女の“お茶の時間”を――





「―――!!!!〜〜〜〜!!?!!?」


「逃がすかよ!!」



振り回すスーツケースを巧みに避けながら攻撃してくる鳥達に盗人が悪戦苦闘している最中にふと気がつけば――向こうからは給仕にあるまじき物凄いスピードで駆けてくる男――そして――


「―――!!?!?なっっ!!!????」



その新米ギャルソンは逃げようと一歩踏み出した泥棒の頭上を華麗に飛び越え、その行く手を阻んだ――着地した摩擦でアスファルトの路に薄く煙が上がり、鋭い痕が硬い石を抉った――
それでもスーツ姿の盗人が捕まるまいと舌打ちをしながら踵を返すと、通路の反対側には他の給仕たちが血相を変えてやってくる――「この……食器泥棒!!」「もう逃がさんぞ!!」


「――ッ!!!チッ……!!??」


若者達の数の多さに圧倒された招かれざる客は、手にした小型のスーツケースに勢いをつけてもう一度振向こうとしたが――退路を視界にいれるその前に問答無用で飛んできた手痛いカウンターに星を飛ばし、彼はあっけ無く撃沈した――


「……ったく、手間かけさせやがって――」



星の向こうに居た屈強なギャルソンが片手で金縁眼鏡を外しながら呟いたそんな声に――スーツの男は悪態をつく間も無く暗闇の中へと墜ちていった――








「……飛んだわね、あのギャルソン………」


「…………」

斜め向かいの席の男が鳥を相手に気でも違ったようにバトルをし始めたそのとき、四人の音楽家達は身の危険を察し、テーブルクロスの内側に潜り込み事の成り行きを伺っていたのだが――
ほとぼりが冷めた頃、立ち上がりながらの朱実の半ば呆れたような声に重なる「かっこ良かったわね〜v」「刑事モノのドラマみたいだったわね……元陸上の選手とかかしら?」――そんな美夕や真由子の声に、顔を蒼くしたり紅くしたりしながらマドカもゆっくりと席に戻った――そしてやっとのことで友人達に訊いてみる――


「あの……泥棒を捕まえたギャルソンさんに……怪我は……」



「―――?あぁ、ないない!だって駆けつけた警察官がペンチ取りに戻っている間に、鍵の掛かったスーツケース素手で壊して他の給仕達と中身を確認するくらい――……どうして?……マドカ?」


そんなことを訊きながらも、朱実は全てお見通しといったどこか意地の悪い表情で、恥ずかしげに俯く可愛い妹分をははぁん…と見下ろした。


「惚れたわねvマドカ?」

「………ッ!!そ、そんなこと……」


彼氏がいてもやっぱり声とか、あのクールな動作とかに感じちゃった!?――美夕のズバリと確信めいた台詞に、完全否定の言葉を返せないままマドカがしどろもどろしていると、今度は真由子が――


「大丈夫よ、マドカ……!!私達がちゃんと連絡先訊いておいてあげるわ……!」

「――!!ち、違うの……!!そんなんじゃなくって……!!」


耳まで朱に染めながら、そんなことはしないで……!と半ば涙目で訴えるマドカの言葉を、三人の姉貴分達はハイハイハイと悪戯っぽく返事をしながらさり気なく昔話に話題を逸らす――密かに目配せをしあった三人の思うところは一つだった――

やがて一時間と半分ばかり刻が過ぎた頃――マドカが紅茶の最後の一口を飲み干すと、誰かが鼻歌交じりで伝票を手に取った。



「12540円でございます――」

レジに入った給仕がチラリとお客の顔を見ると、気の強そうな彼女の口からは今日既に何度か聞いた同じような質問が。


「ええっと……さっきの一騒動で泥棒を捕まえた……」


「――背の高い金縁眼鏡のギャルソンの連絡先は残念ながらお教えできません。」


460円のお返しでございます――


朱実が切り出したクエスチョンにマドカは顔を蒼くしながら彼女の上着の袖を引っ張ろうとしたのだが、彼女の言葉が終わる前に聞こえてきたのはレジ係のどこか笑いを噛み殺したような声。


「……あら、どうして?」

お釣りを受け取りながら朱実の頬がピクリと上がり、マドカも目を丸くしながらその答えを待った。


「――オーナーからも固く口止めをされておりますので、申し訳ございませんがこれ以上は申し上げられません。」

――またのお越しをお待ち申し上げております。


レジ係は人好きのするような笑顔で、しかし慣れた口調でそう述べると、お客に対する別れの言葉を綺麗な一礼と共に述べた。


「〜〜!!ねぇ……恋する女の子がいるのよ、そこをなんとか……」


大理石のレジカウンターに向かって身を乗り出した美夕が甘い声を出して言葉を誘い出そうとしても、既に別の給仕が気持ち退店を促すように出口の扉を開けてしまう始末で。ついに真由子もレジ係に向かって一歩踏み出したそのとき、

「……既に七回、同じ質問をお受けしましたが、何方様にもお教えしておりませんので、ご容赦くださいませ。」

「………!?」

演技をするような困り果てた表情を顔に貼り付けながらその給仕は泣き言を言った。


(……七回も?どうして……他の人も“彼”のことを聞きたがるのかしら……)


心のどこかで既に答えが出ているそんな疑問をモヤモヤと胸に滾らせながら、マドカは嫉妬に似た感情に人知れず哀しそうに眉を顰めた。


するとそのとき――


<マドカ、マタナッ!!>

マドカマタナ!……――そんな言葉が店の奥から聴こえてきた。
四人が振り返ると――朱実と美夕と真由子が見たのは、一人のギャルソンの肩の上に留り、こちらに向かって手を振るように羽をバタつかせている、例の“シリトリ”コンゴウインコ――しかし飼い主のようなそのギャルソンの顔は、熱帯植物に隠れてしまっていてこちらからは確認することができない――ただ………


「―――!!」


マドカは思わず盲人用の白杖を取り落としそうになった――自分の周りの空気が変わる――包み込むように優しく囁くように熱く……


亜熱帯植物の大きな葉の下から覗いている“彼”の口元が、困ったように微笑んだ気配がしたからだ。


<マドカ、マタナッ!!>


そして看板オウムがマドカの名前を連呼するなか、朱実が「なによあのオウム!!マドカの名前しか覚えてないなんて……!!」と悔しがるなか――緑の中にいたギャルソンはオウムと共にいつの間にかその姿を消していた――


「……………」


「――また来なきゃ、ね?マドカ…?」

美夕が彼女に向かって微笑み、真由子も優しい眼差しをマドカに向けた。


「そう、ね……」


マドカは弾む鼓動を抑えるように静かな深呼吸をすると、その漆黒の眼を愛らしくゆっくりと瞬かせた――


「きっと、また来るわ……」


今度は、“彼”と一緒に……


音にしなかったその思いを心の中で深く奏でながら、マドカは晴れやかな表情を三人の学友達に見せた。

そして微笑む友人の腕に手を回しながら一歩店から外へ出たマドカの火照った頬を、冷たい冬の空気が優しく撫でていった――







マドカは一人、小さな公園のベンチに座っていた。

友人達と楽しいひと時を過ごしたカフェの裏口に面した小さな公園のベンチで、彼女は手袋を口元に当てながら白い息を吐いた――

店を出た後、タクシーで帰るという友人達に、自分は用事があるからと言って――彼女は自宅の車に迎えに来てもらった。


車内にいらっしゃれば暖かいですよ――迎えに来た執事のそんな言葉を断って、マドカは一人ベンチに座っていた。
忠実な使用人はきっと少し離れた駐車スペースから女主人を見守っていることだろう。


彼女の膝の上には赤と緑のクリスマスカラーのリボンがついた小さな小箱。

酉の刻から少し過ぎたばかりなのに、辺りは既に真っ暗だった――冬の匂いがマドカの鼻を擽り、コートの下の肌を時折微かに震わせた。


「…………」


それでも彼女は幸せだった――これも“彼”に出会ってから知った喜び――


“待つ”という――愛を確認するような、優しい時間。







とりあえず任務完了の報告をする為に仲介屋へ電話をすれば、「………で、詳しいことは明後日の正午辺りにいつもの喫茶店で――アン、柾vvちょっと待っててvv」――そんな声が合間に入ってきたので、頬を引き攣らせながら即効で電話を切り、電源もオフにしてやった――そして駆けつけた警察官の事情聴取を(自分達が警戒していたときに捕まらなかったのでかなり悔しかったようだ)適当にやっつけた後オーナーの事務室に呼ばれ、分厚い封筒と、頼んでおいたモノを渡された。



「………引いといてくれと言ってた分よりも大分多く入ってる……」


そう言いながら士度が封筒の中身から数十枚の束を取り出そうとしたとき、オーナーは両手を前に突き出し、拒否の姿勢を示した。


「賊が複数犯でしかも今日のうちに全員捕まるとは思ってもみませんでした……しかも盗難があまりにも多発していたので、警察の一部の者からアンティークにかけていた保険金目当ての虚偽ではないかと私どもの方が逆に疑われておりまして、そんな奴らの鼻を明かすこともできました……!!心ばかりではございますが、ご所望の物と一緒にどうぞお納めください……!!」

それでも士度が札束を取り出そうとすると、オーナーは欧米仕込みの大袈裟なジェスチャーでやはり断固受け取り拒否の意思を示す。
士度は少し釈然としない面持ちながらも封筒をジャケットの内ポケットに仕舞うと――頼んでおいた小箱を手に取りオーナーに軽く礼を言い、事務室を後にすることにした――今度はお客様としてぜひお越しくださいね……!!――オーナーの心からの声に、士度は軽く首を巡らせ苦笑することで返事とすると、裏口へと続く階段を足取り軽く下りていった――

途中、厨房の前を通ると、パティシエに呼びとめられ――完全予約制だけど特別だ、あの捕り物は爽快だったしな……俺らからのお礼さ、持ってけ――

そんなことを言われてホール大のクリスマスケーキの箱を渡された――小さな小窓から見えるのは美味そうな大きな苺。

土産もできた――それに

夕飯の時間には、なんとか間に合いそうだ。





「…………」

裏口から外へ一歩出ると、そこは店内の暖かな空気とは裏腹に、吐く息を白に染める真冬の気配だった。

士度が時間を確かめる為に真向かいにある公園の時計に視線を流すと――視界を掠めた、よく知ったコートの色。


「―――!?マドカ!!?」


ベンチのコートが、嬉しそうにゆらりと揺れ、ゆっくりと立ち上がる。


お前…!!どうして此処に……!!――



駆け寄りながら思わず小さな叫びとなって飛び出した彼の言葉に吃驚して、橙色のコートの主は言い訳を探すように瞳を瞬かせた。


「あ、あの……お友達とお茶をした帰りで……ちょっと一休み……です……」


目の前に立った彼にしどろもどろに言いながら、マドカはやはり戸惑うように長い睫を伏せた――


「………!」


次の瞬間、彼のまだ暖かな掌に頬を包まれ――マドカは誤魔化しきれない自分の小さな嘘に泣き出しそうになりながらもそのぬくもりに身を委ねた。


「………随分と長ぇ一休みだったようだな……」


「……でも、暖かかったんです……」


待っている自分の心は――きっと誰よりも幸せで暖かいと思っていた――でも今はもっともっと……



彼女達が店を出てから、もう一時間半近く経っていた――すっかり冷たくなってしまっていた彼女の頬の、ひんやりと心地よく掌に浸透してくる冷たさに、士度はもう一度困ったように微笑み、公園の時計が灯す明かりの中で、彼女をそっと抱き締めた。


「……士度さん、ケーキの匂いがします……」


ジャケットの下の彼のシャツに顔を埋めながら、マドカがクスクスと楽しそうに囁いた。


「……ケーキはこっちだろ。土産で貰ったんだ……」


士度は今はベンチに置いてあるクリスマスケーキの箱を顎で指したが、彼の腕の中でマドカはフルフルと可笑しそうに首を振ると、もう一度気持ち良さそうに彼の胸に顔を埋めた――お相子の嘘に苦笑する士度の視線の向こうで、見慣れた高級車のヘッドライトが静かに点滅していた。







帰宅ラッシュの車道をゆっくりと進む車の中で、マドカから貰った小箱を開けてみると――そこには冠羽が凛々しく流れ、対照的な丸い眼と丸いチークがどこかコミカルなインコだかオウムだかの――


「……飾り、か?」

不思議そうに、それでもどこか嬉しそうな彼の声に、隣に座っていたマドカは優しく微笑んだ。

「鍵を貸して頂けますか、士度さん――」


マドカの言葉に一瞬止まりながらも、士度は言われるがままにジーンズのポケットから彼女の屋敷の鍵を取り出した――それを受け取ったマドカの瞳が、柔らかく瞬いた――


ほらやっぱり……何もつけないで、そのままジーンズのポケットの中……――



マドカは手にした鍵を手探りをしながら彼の手の中にあるオウムについている――シルバーの輪の中に器用に通す――
あぁ、そうか――士度が小さく呟いた。マドカの瞳がもう一度、愛しそうに微笑んだ。


「ええ……キーホルダーっていうんです。これでもし万が一この鍵を落としても――このオウムさんが音で教えてくれます……!」


それに……いつも士度さんと一緒だから……――


そう頬を染めるマドカの表情や彼女の想いは――士度の口元に自然と穏やかな微笑をもたらした――



そして彼は彼女の掌に小さな小箱を置いた――施されたリボンは同じもの――中身も……


「似たようなもんだけど、よ……」




それでも彼は――胸元で踊る新しい宝物に大事そうに指を巡らせ、心から喜びを彼に伝える最高の笑顔の彼女の貌に心奪われることができた。


それはきっと、箱の中のクリスマスケーキよりも甘美で煌めく二人の想い。


クリスマスのイルミネーションが流れていく車窓は二人に覗かれることなく、少し残念そうにその顔を冬の空気で曇らせた。


代わりに彼女の胸元と、繋がれた手の中で揺れる二羽のオウムがキラキラと煌きを放ち――静かなくちづけを交わす恋人達を祝福しているようだった。


Fin.

関連話:恋愛進行10のお題−3「気づいた自分の気持ち」/愛の代理人/大人の為のお題−45「居場所」 71「止められない」


06,12.25は完結できずに旅に出たので無念の中途更新でしたが(涙)年明けに微改訂、追記→完結☆彡
ギャルソンネタは銀●のチョコレート・ショップ&会合&某様の素敵な眼鏡deギャルソンからでした*ノωノ)Thanksv

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