ある執事の独り言


お嬢様の大切なお客様がお風邪を召されたらしい――
当のご本人がこのお屋敷のどこかに雲隠れした後そのことに気がついた我々は
焦燥感を隠さぬまま手分けして屋敷中を探し回った。
毛布を片手に?
マグカップとクッションを持って・・・?
あぁ、そういえば今朝の朝食の席で、いつもより珈琲を召し上がらなかった。
今になって思い起こしてみれば、顔色も少し優れなかったような気がする。
しかも珍しくいつもより遅く起きて来られていたではないか――

しかし我々がいくら探してもご本人の姿は見当たらず・・・・
ベッドが使えない状態の自室はもちろんのこと、
日当たりが良さそうな書斎にも
別の客間にも
図書室にも
ティールームにも
庭の動物たちの中にも
どこにも彼の姿は見えない。

外出用の外履きは全て揃っているので
屋敷の中には確実にいらっしゃるはずなのに。
いっそ大声で名前を呼びながら探せば、耳が良いとお見受けする彼のこと
自分から顔を出してきてくれそうなものだが
お休み中であろうと予測ができているのにそんなことが我々にできるはずもなく・・・・。


「具合がお悪いなら仰ってくださればいいのに・・・・」

――そうしてくだされば今朝はお粥だって卵酒だって作ってさしあげられたのに・・・


その通りです、橘さん。しかし士度様は・・・・


「きっと士度様は皆に心配をかけたくなかったのですわ・・・特にお嬢様は今日一緒に公園のボートに乗ることを楽しみにしておられましたから・・・」


さすがは柚木さん、私もそう思います・・・・きっとお嬢様や我々が気付かなければ、
士度様はそのままお嬢様の為に池の冷たい空気に黙って晒されにいったことでしょう。


「ほら、“ペットは具合が悪くなっても飼い主にそれを隠す”って言うじゃないですか!だからきっと・・・〜〜!!香楠さん、今の痛かったです・・・」


――!!誰がペットですか、誰が!!
しかしウィステリアさん、ナイスフォローです。いかに部下とはいえ立場上、私は鉄拳制裁などできませんから。


「けれど、看護師の資格を持つ木佐さんの目を欺くなんて・・・士度様もかなりの役者よね?」


「・・・・・・・」


あぁ、皆さん、そんな目で私を見ないでください・・・・
確かに私は完璧な執事を目指すため日々修練しております。
祖父の遺志を告ぎ、立派な執事になるために経済学部を卒業後、
単独英国に渡り
執事バトラー養成所で訓練を受け、帰国後は
秘書検定、毛筆書写検定、簿記検定一級、上級シスアド、
1級小型船舶、危険物取扱者甲種、看護師
インテリアコーディネーター、カラーコーディネーター
ティーアドバイザー、コーヒーマイスター、ワインエキスパート、キッチンスペシャリスト、
etc.etc.....

ありとあらゆる資格に手を染め、日々マン・ウォッチングでお仕えるする方々の健康体調精神面の変化を見逃さないよう気を配ることを忘れないこの私が
お嬢様の大切な方の体調不良を見逃すなんて・・・自分の不甲斐なさが恨めしくて仕方がありません・・・・。


そうこうしているうちに連絡を受けたお嬢様が、ご心配のあまり蒼い顔をされながらお戻りになられ・・・・
お嬢様はモーツァルトを使って、至極簡単に士度様の居場所を発見されました。
愛の力と申しましょうか、流石でございます、お嬢様。

彼はこの場所をどうして見つけたのか――

三階の物置部屋のさらに奥にある階段を上ったところにある―― 一ヶ月に一度程しか掃除に入らない、やはり物置代わりの屋根裏部屋。
入り口の前で静かな寝息が聴こえてきたので、お嬢様は人差し指を口に当てられ、一人で中へと入っていかれました。
ソファの背凭れに邪魔をされ、彼の寝顔は見えませんでしたが・・・。
お嬢様のお声と、表情と・・・彼のいつもより掠れた、低い声から――
やはり士度様の具合がいつもより芳しくないことが伺い知れました。

暫く二人きりが宜しいだろうと、我々はお嬢様とモーツァルトを残して階下へ・・・。

午後のお茶の時間にメイドが二人を迎えに行くと、

ソファを占領していたのは士度様ではなくマドカお嬢様。

夕焼けのはじめの日の光に照らされながら、毛布を掛けられ、士度様の膝を枕にして・・・・幸せそうな寝顔をされていたそうです・・・・。

お嬢様と二匹の猫達とモーツァルトと・・・・一人と三匹に囲まれた状態の士度様の苦笑も、私としてはぜひ拝見してみたかった。


結局お二人はお茶の時間も屋根裏部屋で過ごされて――
ボートデートは屋根裏デートに変わってしまいましたが、
階下へ降りてきたお二人のご様子からはそれなりに楽しめたようでございます。


その日の士度様のご夕食は、
コックが腕によりをかけた滋養たっぷりの特製粥と人参スープ。
他にもメイド達が生姜湯やら葛湯やら大根飴やら柿の葉茶等々を食卓に並べたので
士度様は“そんなに重病人じゃねぇんだけどな・・・”と、少々困惑気味でございましたが――しかしお嬢様から

「早く良くなってくださいね・・・?」

と、心から心配そうな表情を向けられてしまったので・・・士度様はとりあえず全てをお試しになられました。

寝室に引き上げる際に一番年少のメイドから渡された“長葱の湿布”には流石に絶句され
お試しになったかどうかは定かではありません・・・・。




翌朝の士度様は、既にいつもとお変わりなく。
咳も止まったらしく
珈琲もいつも通りの量をお召し上がりになりました――

しかしお嬢様には心配だからとその日も一日病人扱いされ――
少々の文句を言いながらも
お嬢様のお気の召すままに行動されていた士度様は本当に・・・お優しい方でいらっしゃいます。





風邪騒動から三日目の今日になってようやく、
お二人は公園のボートに乗りにいかれるようです。

お嬢様が玄関の鏡の前にお立ちになって、メイドに念入りに服装のチェックをさせております。
そして士度様の
「いいんじゃねぇか?」
の一言で、お嬢様はようやく士度様の腕をお取りになりました・・・。



いってらっしゃいませ、

良い一日を――






Fin.




なんだか少し執事さんで遊んでみたくなったので・・・『cold cure』の補足も兼ねての突発オマケ話です。
管理人の趣味で(笑;弊サイトは音羽邸の執事さんやメイドさん出没度が高いですが・・・ご容赦を・・・!
使用人sの他のお話は『lovely Days』 『sweet shots』にて☆